藤沢市村岡の公園巡りで歴史に触れる。塾長散歩、村岡ふるさとマップ(十二天公園・村岡城址公園・高谷公園)編


最近、公園巡りにはまっています。


もともと歩くのが好きなので、目的地があるとよりいいんですよね。


緑に囲まれるのは気持ちいいし、なんだかリフレッシュもできます。


というわけで、今回は当塾からも近い3つの公園をご紹介。全部歩いて回ることができます。




十二天公園



村岡東一丁目にある遊具豊富な公園。


近くには「十二天公園前」のバス停もあります。TSUTAYAのすぐそばね。うちからも一番近い公園ですね。いつ見ても家族連れがのんびりしている、なんだか和む公園です。春にはお花見もできます。


今度もしかしたらこの公園の前に公民館がお引越ししてくるのだとか。どこまで本当かは僕もわからないのですが、このなんともゆるりとした雰囲気は大切にしたいですね。



羊と馬の象形遊具。サラリと使いましたが、これ、象形遊具っていうの知ってましたか。


「あ、あの象形遊具、パンダだねー」とか自然に使うと一目置かれるかもしれません。



ソーラーパネルも。夜の電灯の電力を稼いでいるそうです。公園前、線路が続くのでちょっと暗いんですよね。もっと明るくなるといいんですけどね。頼むぜ、偉い人!




村岡城址公園



その昔、ここには城があった。


夏草や兵どもが夢の跡


なんて句を詠みたくなってくる景色ですが、今ではだいぶカラフルな遊具が置いてあります。楽しそう。



村岡アスレチック城と名付けよう。



敵はまずこの揺れるハシゴを通って城に攻め込まねばならない。不安定な足元にビビるがよい。



人一人しか通れないような通路。守りやすい。



脱出用ロープ。万が一の時にも安心。



異世界へつながる空間ゲート。それは嘘。



他にも脱出用滑り台多数装備。



こうやってー



こう!


脱出が楽しすぎてダメ。



碑がピカピカすぎて映り込んでしまった。ちなみに、顕彰碑とは、功績や善行などを称えるために立てられる石碑のことね。



こちら、城址の碑。


ちなみに、村岡城は北条氏の玉縄城の支城(砦)の一つとして機能していた説が有力だそう。たしかに、見渡しがすごくいいんですよね。


ただ、村岡城の歴史は玉縄城より古く、平安時代に平将門の叔父である平良文(村岡五郎)さんによって築城されたと伝わっているそうです。


鎌倉幕府の中心からも5キロぐらいしか離れておらず新田義貞の鎌倉攻めなど、何度か戦いに巻き込まれていたんだとか。あくまで説ですが。


こんな案内板もありました。面白い!


さらに、こんな碑も。



こちらは、平良文の末裔といわれている東郷平八郎の書なんだとか。


碑文にはこう書かれています。

額 元帥伯爵東郷平八郎書 村岡城の地位は古来武相交通の要衡に在り、往昔従五位下村岡五郎平良文公及び其の後裔五代の居城なり、蓋し其の築城は今を距ること約一千年前に属す。 良文公は関東八平氏の始祖にして天慶二年鎮守府将軍陸奥守に任せられ、多くの荘園を有し威を関東に振ひたり。天慶の乱起るに及び藤原秀衡 平貞盛と共に将門を征討し、大に軍功を立てたり。其の後裔に秩父平氏の一族渋谷庄司重国あり、其の孫実重は薩州東郷氏の祖なり。昭和六年村岡城址を史蹟として縣廳より指定せらるる。同七年村岡の有志相謀り鎌倉同人会の賛助を得、城址に碑を建て以て後昆に傳ふ 村岡城址の碑と云爾。 昭和七年十月三日 海軍中将東郷吉太郎撰書


家に帰ってちょっと調べてみると、ここは大庭城と玉縄城の中間地点という話題も出てきていました。そこでは、二つの城の中継役を担っていたんじゃないかという考察がされていました。それがここに城があった証明にもなるんじゃないかと。位置関係、上からの眺め、ちゃんと見てくればよかったなー。


まぁ、こんな風になんとなくでも歴史と結びつけながら、昔そこにいた人や時代に想いを馳せると、公園巡りが二倍も三倍も楽しくなってきますね。



綺麗なお花も咲いていました。春には河津桜も見頃になるそうです。



高谷公園



ロッキング遊具の上で一息。ここが高谷公園です。



車止めもレトロ。



公園内に緩やかな坂。そして、謎のネット。



一瞬悩んだけど、モチーフはイルカと龍?



ブランコは結構新しい。


記念碑にはこんな文章が。

ここ渡内・高谷・小塚を含む一帯は藤沢市の東方に位し、古来より村岡郷を形成し、歴史上もゆかり のある地域としてその名を知られて きました。その地勢は高谷の名の由来のとおり、入り組んだ深い谷戸や起伏にとんだ丘陵地が多くそれらを縫うように鎌倉の街道がとおっていました。このように重要な街道のあった山村も、ときの変遷と共に開発が進み、当地区においても関係者による種々の協議を重ねた末、昭和五十一年 十月区画整理組合を設立し、直ちにその工事に着手しました。爾来七年有余の歳月と二十四億円余の巨費を投じ、総面積十五ヘクタールの地区を小学校用地、高谷・渡内集会所等の諸施設の完備した近代的な街としての完成を見ましたのでこれを記念し、ここに碑を建立しました。 昭和五拾七年五月吉日 渡内土地区画整理組合


頭も身体も使いながら、ぐるりと回って、帰ってきました。


あー、やっぱり公園はいいなー。癒されました。


次はどこへ行こう。


本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。

ポカポカっていうのがまたいいよね。



「第二の家」ブログ|藤沢市の個別指導塾のお話

塾という場所が好きです。生徒の成長する姿を見るのが好きです。生徒や保護者と未来の話をするのが好きです。合格や目標を達成して一緒に喜ぶのが好きです。講師と語り合うのが好きです。教材とにらめっこするのも好きです。新しい人と出会うのも好きです。藤沢の街が好きです。ブログも、好きです。

勉強犬

「第二の家」学習アドバイザー。
世界中に「第二の家」=「子どもたちの生きる力を育てる場所」を作ろうと画策中。過去に3000人以上の生徒の個別指導経験を持つ。元広告営業犬。学生時代は個別指導塾の講師。大手個別指導塾の教室長(神奈川No,1の教室に!)・エリアマネージャーを経て、2015年ネット上で「第二の家」HOME個別指導塾を開設。

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