密かに好評だったので第二弾です。
まぁ、期待値低めのミステリーとしてお楽しみ下さい。
謎が謎を呼ぶ密室での心理戦!
今回のテーマは「方程式」です。
ちなみに第一弾は「三単現」でした。
vol,002 方程式の答えの見つけ方
「ん?ここは…どこだ…」
刑事である勉強犬男が目を覚ますと、そこは見知らぬ白い部屋だった。
「君も起きたか」
その声に反応して振り向くと、そこにはボロボロの茶色いスーツを着た年配の男が居た。
「私は元数学者の深山信玄という者だ。君は、どうやら私の息子と間違われたみたいだな」
勉強犬男の中でだんだんと記憶が甦ってきた。そうだ、私はちょうどこの男と一緒にカフェを出た。
お会計のタイミングがたまたま一緒で、さらに茶色いスーツもたまたま一緒だ。
その後、大通りに出たところで謎の男たちに拉致されたのだ。
「災難だったな。巻き込んでしまってすまない」
深山信玄は頼んでもいないのに「なぜこの部屋に閉じ込められているのか」を話しだした。
勉強犬男はそれを止める理由もないので「ふむふむ」と適当な相槌をうって聞いていた。
私達をここに閉じ込めたのはおそらく浅山謙信という数学者だということ。
数年前に彼の論文を深山信玄が自分のものとして発表し、その時の復讐として、
今回このような事件を起こしたのではないかということ。
その頃、浅山謙信の息子が車の事故に巻き込まれ亡くなり、それについては逆恨みのような形で、
深山信玄を恨んでおり、息子ともども拉致しようとしたのではないかということ。
「ランチの予定だったが、たまたま息子は今日風邪を引いてカフェに来れなくなってな。代わりに君が拉致されたわけだ」
深山信玄は力なくハハハと笑ったが、
勉強犬男はちっとも面白くなかったのでクスリともしなかった。
しかし、状況は掴めた。
私たちは浅山謙信なる人物によって、この白い部屋に閉じ込められている。
鍵はもちろんかかっている。内からは開きそうもない。窓は割っても頭が入らない大きさだ。
そこから見える景色から、ここはどうやら山の中らしいことがわかった。
大声を出しても無駄だろうな。しばらく待つしかないか。
勉強犬男はふぅと息を吐きながら思いを巡らせた。
遅めのランチだったが、遠慮せずパスタ大盛りにしておいてよかった。
どれくらい時間がたっただろうか。
部屋の片隅で何かが不意に音を立てた。ピコン。
「なんだなんだ」と言いながら、深山信玄が音のする方へのそりと向かう。
そこにはスマホがあった。
「どれどれ」スマホの画面を覗き込んだ深山が、次の瞬間、
青ざめた顔をして勉強犬男の方を向いた。
「お、おい、これを見てくれ」
そこには「パスワードを入力せよ」という何とも無機質な画面が映されていた。
なるほど。今7時か。勉強犬男は「なるほど。腹も減るわけだ」と思った。
もちろん二人の荷物はすべて没収されている。
時計のないこの部屋では、このスマホが時間を知る唯一のアイテムだ。
深山信玄はあたふたしている。
当然だ。ヒントも、何回間違えていいのかのルールもわからない。
「パスワードは二人の思い出の日付とか、ですかね?」勉強犬男が気を利かして声をかけてみたが、
「私たちはずっと友人でありライバルだったが、思い出の日というのはないな…」
と言うとそこから深山は黙り込んでしまった。今更、罪の意識に苛まれているのだろうか。
「とりあえずなんか入れてみますか」
しばらくの沈黙の後、勉強犬男は身を乗り出した。
「二人とも数学者ということは、数学に関する日付かな」
勉強犬男は顎に手を当てて少しの間考えると、急に思いついたように手を叩いた。
「たしかフェルマーの最終定理が証明されたのは2月13日だったなぁ」
勉強犬男はスマホをさささと操作し、/の前後に2と13を打った。
「いきなり爆発とかはないだろ」と決定を押すと、
ビーという大きな音と共にスマホに新しい文言が出てきた。
「あと2回の失敗でこの部屋は爆発します」
長い沈黙が二人を包んでいた。
「深山さん、何か思いつくことはないんですか?」勉強犬男は沈黙に耐えきれず訊いた。
背を向けていた深山信玄がこちらを振り返り、思い出を語るように言った。
「私と浅山くんは大学の同期でね、昔は本当に仲が良かったんだ。私があんなことをするまでは」
しばし沈黙。勉強犬男は黙って次の言葉を待った。
「二人とも因数分解が好きでね。よく素数を言い合うゲームをして遊んでいたんだよ。懐かしいなぁ。お互いの息子もほぼ同級生でね、ちょうど中学生の頃なんかはお互いがお互いの息子の家庭教師なんかをして…」
勉強犬男はそんな思い出話をしばらくうんうんと聞いていたが、
途中であることに気が付いて、深山信玄に質問をした。
「浅山さんの息子さんが亡くなったのはいつ頃のことですか?」
突然の質問に一瞬驚いた顔をしてから、深山信玄は答えた。
「高校生になる少し前ぐらいかなぁ。あの頃のことを思い出すと私も胸が痛いよ」
そこまで言って深山信玄はあることに気付いたようだった。
「そうか…今日は…彼の息子の命日だ…」
閃きがあった。
二人の数学者。彼らに残る思い出。
そして、愛しい息子の命日。
もしかしたら、浅山謙信は深山信玄を試しているのかもしれないと勉強犬男は思った。
「深山さん、浅山さんの息子が事故に遭ったのは午後の二時頃じゃなかったですか?」
これまた突然の質問に深山信玄は一瞬止まったが、
すぐに「いや…覚えていない…」とかぶりをふった。
「そうですか。ちなみに、中学生に方程式ってどうやって教えてました?」
謎の質問に再び深山信玄は「?」となったが、
勉強犬男の真剣な眼差しに「どこかに紙とペンはあるかな」と辺りを探して、
窓の下の机の中から紙とペンを見つけて、何やら書き出した。
時に何かを思い出すように、時に「こうだったかな」とブツブツ呟きながら。
「ちょっと可愛くなりすぎてしまったかな」
「素敵ですよ。これは一次方程式の解き方ですね」
深山信玄はニコリと笑った。
「そういえば彼の息子は方程式が好きでね。方程式の問題が出ると、ゲームみたい、とよくはしゃいでいたんだ。だから僕は教えるのがとっても楽でね。逆に計算が苦手な僕の息子に方程式を教えるのに、彼はとっても苦しんでいたよ」
目を細くして深山信玄は遠い記憶に触れるように穏やかな口調で言った。
「中学一年生で習う方程式も、二年生の連立方程式も、三年生の二次方程式も、すべて彼の息子のほうがあっという間に解いてしまってね。恥ずかしながら、私の息子はてんで駄目だった。親も子も、数学の才能で負けていた。それをどこかで妬んでいたのかなぁ。だから私は、彼の論文を盗んで、彼を裏切ってしまったのかもしれない…」
深山信玄は目を閉じてしまった。涙は出ていないが、泣いているようだった。
「だけど、一つだけあなたの息子さんが勝っていたことがあった」
静寂の中にポツン、勉強犬男の言葉が落ちた。
「き、君はさっきから一体何を…」
そこまで言って、深山信玄は何かに気付いたようだった。
いや、自分が何かに気付きそうなことに気付いたようだった。
勉強犬男が深山信玄の記憶をまるでどこかから引き戻そうとしているみたいに言葉を続ける。
「中学生の二次方程式の問題で、どうしても因数分解の公式を使って答えを出せない時、使える魔法のような必殺の公式があります。それを使えば、すべての二次方程式の答えを得ることが出来る」
深山信玄は、はっきりと気付いたようだった。
その様子を見た勉強犬男は少しだけにやりとしながら言葉を並べる。
「便利なんですが、ただ長い式を暗記しなければいけないんですよね。でも、暗記が好きだったあなたの息子さんはすぐに覚えられた。しかし、計算が好きだった浅山さんの息子さんはなかなか苦戦したんじゃありませんか。そう、その式の名は…」
「解の公式」
深山信玄が勉強犬男をまっすぐ見据えて言った。
「ちなみに、今僕らも答えが出なくて困ってますよね」
勉強犬男がお手上げというようなポーズを作った。
深山信玄はスマホに目をやる。
「そうか、この/は日付を表しているのではなく…」
深山信玄はスマホから勉強犬男へと目線を移した。二人の目が合った。
「それは、あなたが解くべき答えです」
勉強犬男のその言葉が宙へ浮かんですぐ、深山信玄は一心不乱に回答をスマホへ打ち込んだ。
「答えは…ニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョウマイナスヨンエーシー」
【-b±√(b^2 – 4ac)}/2a】
施錠されていたドアがカチャリと音を立てて開いた。
月明かりに照らされながら、二人はどこかもわからない道を、ただただ歩いていた。
「なぜわかったんだ?」
深山信玄がぼそっと言った。知らんぷりも出来たが、勉強犬男は答えた。
「犯人の目的はなんだろうと考えたんですよ。さっさと爆弾を爆発させて終わりでもいいのに、犯人は猶予を与えた。何の猶予か?あなたにもう一度罪と向き合わせ、それを越えて、二人の間にあった友情の日々を思い出せるか、の猶予なんじゃないかとね」
昼の大盛りパスタのおかげで、確か二時ごろに攫われたなぁという時間を覚えていて、
それが犯人からの事故の時間と照らし合わせたヒントなんじゃないかという考えで、
「二次(二時)方程式」を思いつき、解の公式に辿り着いた。
ということは面倒臭いし正しいかどうかわからないから言わなかった。
「浅山は、どういうつもりだったんだろうなぁ。お前が俺にしたこと忘れるなよ、ってことだったんだろうか」
しばらく歩いた後、また深山信玄が呟いた。勉強犬男は星を眺めていたが、反射的に答えた。
「あ、違うと思いますよ。帰り際にざっと見たところ結局あの白い部屋に爆弾なんかなかったですし。事件を機に落ちぶれてしまった元親友へのちょっときっついエールなんじゃないですか?」
「え?」
「お前(お前の息子)にも、俺(俺の息子)に勝てるところがあったじゃないかっていうね」
星が一層輝きを増したような気がした。
道の向こうに人工的な光が見えてきた頃、
さっきから沈黙を続けていた深山信玄がやっと口を開いた。
「すまなかったね。巻き込んでしまって」
勉強犬男は「本当だよ」と内心思ったが、すぐに閃いて、
「いいえ、収穫もありました」と告げた。
「?」
三ヶ月後。
深山信玄と浅山謙信の二人は、
すっかり和解し、
勉強犬男と同じ個別指導塾で働き出した。
「私の働いている塾は、ネットを使って世界中の生徒たちに個別指導をするシステムです。それもなるべく良心的な価格でね。教育を受けたいというニーズは世界中に溢れている。そのニーズに応えるためには優秀な教育者の人手が必要なのです。そう、あなた達のようなね」
事件がある限り、そして勉強に謎がある限り、
勉強犬男の物語は続いていく。
これは誰も死なないミステリー、危なくない刑事の事件簿。
次回も乞うご期待!
前回も書いた通り、
「次回も怖くないミステリーにしてね」とお願いを貰ったので、
怖くないミステリーにしてみましたが、いかがでしたでしょうか。
本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。
楽しみにしている方が一名でも居る限り、続きます。
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