勉強犬

「第二の家」学習アドバイザー。
世界中に「第二の家」=「子どもたちの居場所であり未来を生きる力を育てる場所」を作ろうと画策中。元広告営業犬。学生時代は個別指導塾の講師。大手個別指導塾の教室長(神奈川No,1の教室に!)・エリアマネージャーを経て、2015年ネット上で「第二の家」HOME個別指導塾を開設。2019年藤沢にHOME個別指導塾リアル教室を開校。

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足跡が未来の道筋を決める日

その日は、やってくる。点数が左右する選択肢の奪い合い。鼓動が早まり、手は震え、不安が襲い、自分が限りなく小さくなる。勝手な空想の中で巨人に囲まれ、押し潰されそうになりながら、それでもなお、必死で前を向く。粉々になりそうな自信と、バラバラになりそうな知識をかき集めて、君は前を向く。その日は、やってくる。凍える寒さの中でも、消えない炎のぶつかり合い。止まってしまう足に、伸ばせなかった手。最悪のイメージばかり浮かんでしまう、そんな時はさ。振り返って、君が歩いてきた道のりを見てごらん。君が刻んできた足跡を見てごらん。孤独の闇と向き合った夜も、悔しくて泣いたあの瞬間も、すべてはちゃんとここにつながっている。君の足跡が、君の武器だ。君の足跡が、君の誇りだ。君の足跡が、君の道標だ。それを胸に、存分に闘えばいい。その日は、やってくる。「これまで」と「これから」を繋ぐその日に、続いた足跡は、未来への道筋を示すだろう。感謝と希望を胸に、無限大の想像力とありったけの知識を頭に宿らせ、威風堂々と、闊歩せよ。荒唐無稽と罵られても、「お前には無理だ」などという言葉に憚られても、決めるのは他の誰かじゃない。行く道を決めるのは、君が歩いてきた、その道だ。進め。本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。写真はRPG好きな生徒用の足跡記録表です。

子どもの価値観は親が創るということ

子どもは、知らず知らずのうちに、大人の背中を見ているものです。こういう場面ではどうするのがいいのか。何を大切にすべきか。言い方、行動の仕方、考え方。言葉遣いに、人との接し方。ありとあらゆるものを基本的には何かの真似から入ります。その中でも、一番身近にいる大人、つまり親の影響は大きいですよね。当たり前です。親の行動、振る舞い、考え方。そこから、彼らは多大な影響を受け、人として大切なものを少しずつ学んでいくのです。もちろん、それがすべてではないですが、彼らの基本的な価値観がそこから生まれることも多いでしょう。親側でもそのことをしっかり意識しておかなければいけません。ちょっと怖い例をいくつか挙げておきましょう。子どもたちの前で、こんなことがあったらどうでしょうか。「嘘をつくな」と言っている親が、営業セールス相手に居留守を使っていたら?「言葉遣いは丁寧に」と学校で教わった夜に、親がTVの中の誰かを罵倒していたら?「わからないことがあったら調べなさい」と何処かで聞いたのに、目の前で親がわからないことをそのままにしていたら?「あ、あれって嘘で、実はこういうことなんだ」と、子どもは勝手に納得をして、身近で大切な存在である親の価値観に自分の価値観を近付けていきます。これは意識的にも無意識的にも起こります。ですから、止むを得ず親が子どもの価値観を揺らがすような行動をする場合は、その行動について、意図や理由を伝えることが大切です。いっぱい対話しましょう。勉強についても同じです。例えば「勉強は大切」という親が、勉強している姿を見せたことがなく、勉強していた事実や過去、またはその大切さを伝えていなければ、勉強することの重要性は子どもになかなか伝わらないでしょう。「した方がいいけど、しなくてもいいもの」程度の価値観になってしまえば、ゲームやスマホに負けちゃうのは当然です。細かいところで言えば、家族でお出かけする際に「まだ宿題やってない…」と言う子どもに対して「そんなの後でいいよ」と言う親が、違う機会で「勉強は大切」といくら言っても、なかなか信じられませんよね。子どもの価値観は、親が創る。もちろんそれがすべてではない。もちろんそれがすべてではないけれど、もしも納得感があったら、頭の片隅にでも置いておいていただければ幸いです。念のためのお伝えですが、決して誰かを責めているわけではありません。いつかの自分への戒めとして書きました。最後に。心理学者のレヴィンは「人間の行動は、その人の特性と、環境との相互作用によって決まる」と言いました。子どもの価値観は親が創る、と大層なタイトルをつけましたが、環境が同じでも、同じ人間が育つことはありません。例えば、子どもが問題行動をする理由が、すべて親にあるわけではありません。そのことを併せてお伝えしておきます。子育てには答えがない。だからこそ、一緒に考えていきたいと思います。本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。子育てにも、人生にも、「これでいい」という決まりきった正解はない。

高校生バンドetc.(エトセトラ)がCDデビュー!まずはそのMVをご覧ください。

再生ボタンを押す。わくわく。どきどき。鳴り出す音楽。感情が溢れ、勇気を貰い、前を向ける。癒されて、落ち着けて、そっと誰かを想う。音楽ってさ、なくても生きていけるんだけど、なかったら生きていけない。矛盾しているようで、その矛盾が成り立つような気さえする、僕らに与えられた奇跡の一つなんだと思います。そんな音楽のお話で、新年早々、嬉しいニュースが舞い込んできました。高校生バンド、etc.(エトセトラ)のCDデビューが決まったのです。いきなりなんのことと思うあなたに追加情報を。etc.は2018年9月結成の高校生バンドです。メンバーは、イツキ(Vo/Gt)、ナゴミ(Gt)、スズカ(Ba)、ユーナ(Dr)。カタカナが若者っぽいですね。4ピースのロックバンドということです。藤沢西高校の部活動で出会った4人が集まり、活動を開始して間も無く、オリジナル曲の制作やライブ活動を通して、独特の視点で現実を見つめた歌詞の世界観や多彩なルーツが垣間見える音楽性を満遍なく発揮したその姿が関係者の目に留まり、デビューが決まったということです。ちょっと音楽通みたいなことを言ってしまいました。半分ぐらい引用です。そして、とうとう明日、1月の12日に彼女たちの最初の音源、1st E.P. “Assort”がリリースされるということ。当然まだ僕も聴いていないですが、まずジャケットがおしゃれです。それにしても、高校生でCDデビューですよ。いやーすごい。僕もライブを見に行かせてもらったことがあるんですが、もうど頭から格好良くて圧倒されました。その時はオリジナルだけでなくコピーもやっていて、一曲目にRADWIMPSとか演奏していたのかな。ちょうどそのちょっと前にRADのライブに行ってたから、最初からフルスロットルでノリに乗ってはしゃいでしまいました。それだけ良かったんです。あ、もちろん高校の文化祭でのお話なので、はしゃいだのは心の中でですよ。さぁ、そんな女子高生バンドの気になる曲の一つが今、YouTubeで聴けます。

ほぼ日のアースボールの塾での使い方

子どもの頃から地球儀が好きでした。世界のまだ行ったことも見たこともない国々を眺めて、名前から連想する物語を作って、勝手に冒険譚を脳内で描いては楽しんでおりました。地球儀の旅。「チリには頭をチリチリにする怪人がいる」とか、「オーストラリアとオーストリアはラの取り合いをしている」とか、今振り返ったら、ごめんなさいとしか言えないようなことを、地球儀をくるくる回しては想像してにやにやしていたんですよね。やばい子ですね。神奈川の片隅に生きていたちっぽけな少年に楽しみをありがとう、地球儀と世界の国々よ。そんなわけで、当教室にも地球儀はあったのですが、ちょっと古くなったこともあって、買い替えを検討していたんです。ただ、知ってました?地球儀って結構高いんですよね。それもあって「うーんどうしようかぁ」と考えているうちに時はどんどん過ぎ去ってしまい、結局ずっと今までのものを使っていたのですが、最近になって蔦屋家電で「ほぼ日のアースボール」の実物を初めて見つけたんですよね。ところで、読者の皆さん、ほぼ日ってご存知ですか?「ほぼ日刊イトイ新聞」。コピーライターの糸井重里さんが主宰するウェブサイトのことです。僕の愛読書ならぬ愛読ページです。

短編ストーリーで覚える不定詞と動名詞

「ふてー野郎だな、あいつ」隣で親友の奈々美がわざと悪ぶって言った。視線の先には、渡り廊下で女の子と楽しそうに話す長身の男がいる。名前は、山岸巧。うん、あれは確かにモテそうだ。ただ、その甘いマスクとは裏腹に、私の友達の間での評判はあまり良くない。5股をかけているという噂まである。「あいつ、また女引っかけようとしてんな」奈々美は引き続きその悪ぶりスタイルのまま言った。もとより正義感の強い子なのだけれど、なぜここまで突っかかるのかといえば、答えは明白だ。昨日、私が彼から告白されたからである。「一緒にいる未来が見えたんだ」屋上に呼び出された私に、彼は「あのさ」と前置きをした上でそう言った。ほぼほぼ彼と話したことがなかった私はとにかく驚き、その後の言葉を上の空で聞いた上で、「返事は今じゃなくていいから」という彼の言葉に甘えた。つまり、何も返事をしなかった。断るのもパワーが要るし、私は決断できるほどまだ彼のことをよく知らない。それにしても、未来かぁ。私には、未来がいいものだとか楽しいものだとか、そこに希望を持ったことなんて、今まで一度もなかったなぁ。どちらかといえば、いつも不安だらけだった。彼が見たという私との未来は、ちゃんと輝いていたのかなぁ。「おっはよー」ボーッとしていた私に、元気よく声をかける好青年。山本司。彼は幼馴染で、実はなんと私と同姓同名なのだ。私の過去を一番知っている古くからの友人でもある。私も、彼も、どちらも山本司。子どもの頃、「お前ら結婚したら大変だよなー」と、よくみんなにからかわれた。今振り返れば、それはそんなに酷いからかいというではなかったのだけれど、それでも、そこから派生して生まれたいろんな言葉で、私の自信が木っ端微塵になるまでにそんなに時間はかからなかった。今も、あの頃のことをたまに思い出す。そのたびに、憂鬱の影が私の未来を覆うのだ。「私なんか」いつも何かしようとするたびに、私の中から出てくる言葉。彼、山岸巧に告白された時もそうだ。「私なんか」という言葉が頭をいっぱいにして、話がぜんぜん入ってこなかった。「未来かぁ…」学校からの帰り道に、夕焼けを見ながら思わずつぶやいた。その言葉をきっかけに、いつもと同じように暗い影が落ちようとした瞬間、屋上で聞いたあの「ふてー野郎」の言葉を思い出した。彼は言ったんだ。「司さんはさ、優しい人だよ」そう、彼は言った。「司さんは、俺が色々根も葉もない噂で責められているときも、絶対に俺のことを悪く言ったり、嫌な風な目で見たりはしなかった。いや、もしかしたら、そうした時もあったかもしれないけど、少なくとも俺はそう感じなかった」彼の言葉を思い出しながら、不思議と、かかっているモヤがすうっと晴れていく感じがした。「司さんは、すごく優しい人。だから、一緒に未来を過ごせたらと思ったんだ」「未来…かぁ」ちょっとは、希望を持っても良いのかなぁ。未来ってやつを、信じてみてもいいのかなぁ。なんだか足取りが軽くなる。こんなことは初めてだった。不定詞と動名詞の説明