誰もが100mを10秒で走れるわけじゃないのと同じように、
誰もがテストで100点を取れるわけじゃない。
当たり前のことだ。勉強の方が目には見えないからわかりづらいけれど、
本質的には勉強だってスポーツだって一緒。得意不得意や得手不得手はある。
でもね、誰もが努力次第で自己ベストタイムを縮められるのと同じように、
誰もが努力次第でテストの点だって自分史上最高を狙うことができる。
誰かと比べる記録も大切だけれど、自分と闘い勝つことを、もっと楽しみながら、
もっと誇りながら生きていってもいいんじゃないかな。
なんて、自分自身もある資格試験の勉強をしながらふと思ったのです。
上記の「誰もが100mを10秒で走れるわけじゃないのと同じように、誰もがテストで100点を取れるわけじゃない」ってのは、もう色んなところで色んな先生が使っている手垢のついた言葉かもしれないけれど、
その通りだなぁって思うんですよね。
だけど、やっぱり勉強によって選択肢が左右されることが多い現代社会だから、
「100mを10秒で走れなくていいよ」と同じようには、
「テストで100点取らなくていいよ」とは言えない。
それが15秒でも20秒でも25秒でも、特段困ることはないけれど(まぁちょっとは困るだろうけど)、
30点や20点や10点じゃ色々困ることだらけになってしまうってことと、深く関係していると思う。
勉強はやっぱり、スポーツよりもちょっと比重が大きい。
だから、そんな事実を踏まえつつ、頑張る方法や頑張るための気の持ちようを知っておかなくちゃね。
誰もが「100点」を目指すんじゃなくて、「うーん、100点を目指すのはきついけど、自己ベストを目指そう」という人がいてもいい。
「やればできる」の先に、「やってもできない」が存在しているのは確かだけれど、
その確かさに目を奪われて、やらないのはなしだよね。
「やればできる」が、どこまで「やればできる」なのかを、必死になって探すこと。
その経験ってきっと、自分の大切な宝物になる。
その楽しみを知った人はさ、やっぱり人生HAPPYに暮らせそうな気がするんだよね。
だって、自分一人と何かがあれば楽しめるんだから。
誰もが100mを10秒で走れるわけじゃないように、
誰もがテストで100点を取れるわけではない。
そんな現実を知りながら、だけど自分がどこまで行けるかなんて誰にもわからないから、
「君はここまで」なんて線引きに捉われず、抗いにいこう。
もしかしたら自分にはできるんじゃないか。
そんな希望が、そんなワクワクが、君を線の外にある素敵な世界へと連れていってくれる。
何が言いたいかというと、
「できないこともあるけれど、それが完璧にできないとわかるまで、本気でやってみればいいんじゃない」ということだ。
他の誰でもない、自分に向けて。
本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。
何を言ってんだろうと書きながら思いました。
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