塾のPRに漫画を使おう!
という企画を以前考えたことがあって、
下書きまでいきました。
そこで漫画の大変さを思い知り、断念した企画でしたが、
原作用に書いた原稿用紙が引き出しの奥から出てきたので、
今日はそんな遺産をご紹介です。長めですので暇な時にでも。
HOME塾物語001
「月とオモチャの王国」
「どうして中学2年生にもなってそんなこと言うの!?」
母親はヒステリックに叫んだ。大木小春は困惑して、父親を見た。
昼の食卓で「将来は何になりたいんだ?」と気軽に訊いてきた父親は、ゴメンな、という顔を小春に向けたが、何も言ってはくれなかった。母は続けてまくし立てる。
「歌手になりたいだなんて。中学生にもなって夢みたいなこと言って」
だって夢だもん、と小春は思ったが、もちろん言わずにいた。
快晴の空。風に揺れる鯉のぼり。街並みを行く人々はどこか楽しげで、小春の気持ちとはまるで正反対だった。
「…で、折角のゴールデンウィークなのに気持ちはどんよりというわけですね」
話を聞いていた日比野大和が話をまとめるように小春の目を見て言った。30代半ば、教室の年長者らしい低く落ち着いた声だったからか、小春もだいぶ落ち着いたようだった。
「塾が開いてて良かったー。あのまま家に居たら、お母さんもお父さんも蹴っ飛ばして家出する所だったから。あー話したらスッキリして少し落ち着いた。やっぱり頼りになるなぁ、大和先生は」
「頼りにならない塾長で悪かったな」
大和先生の後ろから、塾長の木村聖人がぬっと顔を出す。声は冷たかったが、顔は少し笑っているから、小春は安心する。眼鏡をかけている塾長の顔は大人っぽく見えるが、大和先生よりも年下なのは小春の目から見ても明らかだった。
「あれ?しかも小春さんは授業の真っ最中じゃなかったっけ?」
やばい、という顔をした小春を、大和先生がすかさずフォローする。
「あんまり落ち込んでいるものだったから、このままじゃ授業にならないと思って、僕の独断で話を聞いてしまいました。すみません」
あんまり大和先生がしゅんとするものだから、木村塾長は「それなら仕方ない」と一つ息を吐く。すかさず小春と大和先生はグータッチをする。「ちょっと」と木村塾長が突っ込む隙に、小春はパーテーションに囲まれた個別指導席へ戻っていった。
小春の指導係の講師の「トイレ長かったね」というとぼけた声が聞こえる。大和先生はいつも通り、悪戯な笑みを浮かべる。この男は一体何者なのだろうか。
一ヶ月前、日比野大和は木村聖人の前に突然現れた。
彼は、商店街の真ん中にあるこの自宅兼塾のインターフォンを朝の5時に鳴らし、隣に黒髪ショートカットの可愛らしい小さな女性を従えていた。寝ぼけ眼の僕への、「ここで働かせて下さい」が彼の第一声。その後、「あ、幸人塾長居らっしゃいますか?」と僕の父親の名前を出した。「あ、父は三年前に亡くなりました」と僕が言うと、彼は途端に悲しそうな顔をし、肩を落とし、「そうですか、とても残念です」と消え入りそうな声を出した。「父の、知り合いですか?」と僕が尋ねると、なぜか女性の方が「彼は昔ここで働いていた経験があります」と無機質な、まるでコンピューターのような声で言った。続けて男が「その時、幸人塾長にだいぶお世話になって」と痛恨の極みというような顔で言った。父が亡くなったということで、だいぶショックを受けているようだった。「あ、そうなんですか」となぜか僕はそこで安心し、色々な疑問はさておき、とりあえず中へ二人を入れた。そこで僕が聞いた話は、それはそれは奇想天外なものだった。
日比野大和は記憶喪失です、と女性は言った。何でも、彼はある企業の社長で、ある事件をきっかけに何年か分の記憶が全て無くなってしまったらしい。言われてみれば、彼の端正な顔つきとモデルのような長身はどこかで見たことがあるような気もしたが、メディアにはほとんど顔を出していないというから、きっと僕の勘違いなのだろう。ここへ来たのは、ここで働いている頃の記憶が、彼に残された最後の記憶だったから。ここに来ればなにか思い出せるんじゃないか、と医者に言われてやってきたそうだ。そこまで説明して「私は、秘書の雛雪と申します」と女性は頭を下げた。まだ僕の頭は整理されていなかったが、二人は、なんだか悪い人ではないような気がした。こう見えて、一応僕も二代目塾長。人を見る目には自信があるのだ。
「見たところ、この塾の近年の経営状態はあまり良くなさそうです。私と日比野が働くことで、業績アップも狙えるかと存じます」
前言撤回しようかな。
でも、確かに、二人の働きぶりは素晴らしかった。
雛雪さんは恐ろしく仕事が速くて、僕が行っていた一ヶ月の事務をわずか3日で終わらせた。笑わないのが玉にキズだけど、的確で簡潔な説明は、生徒からも評判が良かった。「何者ですかね?座敷童じゃないですよね」と講師に訊かれたが、確かに何かの妖怪かもなと思ったのは内緒だ。
大和先生は、社長というだけあってコミュニケーション能力が抜群で、すぐに生徒や他の講師とも打ち解けた。授業は、ベテラン講師と比べても抜群の出来だった。「何者ですかね?社長ですかね」と何も事情を知らないはずの講師が言ったから、驚いた。「スパイですかね?」とも言われたが、わざわざこの塾をスパイする意味もないだろうと笑ったら、「そうですね」と言われたのが少し腹が立った。
雛雪さんの見立て通り、父が死んでから右肩下がりだった塾の業績は、わずか一ヶ月で立ち直り、むしろ成長した。感謝感謝だが、少しだけ素直に喜べない。でも、二人のおかげで塾に活気が出てきて嬉しかった。
僕と大和先生は、よく二人でお酒を飲んだ。場所は決まっていつも塾の建物の屋上。
そこからは、星が綺麗に見えた。
大和先生は駅前のホテルに宿をとっていたが、何度もここへ泊まった。
「なんだか、何かを思い出しそうな気がするんです」と彼は言った。
「それに、ここの雰囲気、好きなんですよね」とも。
小春さんの件があった夜にも、僕らはそこで夜風に当たりながらお酒を飲んでいた。気持ちいい風に乗せて、大和先生がポツリと呟いた。
「子どもが夢を堂々と言えないのは、大人のせいですかね」
その日は満月で、星も沢山出ていて、見下ろす街並みはいつもよりキラキラしていて、なんだか幻想的だった。そこから、少し恥ずかしい話を僕が偉そうにしてしまったのは、きっとだからだろう。後から思い出すと恥ずかしいが、この時僕はけっこう酔っ払っていた。記憶が残っていただけでも褒めてほしいぐらいだ、と先に言っておこう。
「大和先生、そうなんですよ。それはね、大人が夢を語らないせいだと思うんです」
ここからは読み飛ばしてくれて構わない。
(読み飛ばしゾーン)『情報化社会の中で、各々の目的地への辿り着き方が明確になった分、大人は近道を選ぶようになりました。そして、知らず知らずのうちに子どもを自分たちの描いた近道のレールの上に乗せてしまうようになったんです。目的地が決まっている電車に乗りっぱなしの子どもはね、他の目的地へ行こうなんて考えなくなりますよ。本当は、飛行機やタクシーや歩きでだって、色んな目的地を目指せるのに。どうせ無理だって言われて、新しい目的地への道は断ち切られる。本当はね、この情報化社会で、目的地への、夢への道筋は昔よりずーっと明確にイメージできるようになったのに。勿体ない』
話していて自分が何を言っているのかよくわからなくなったが、大和先生はずっと相槌をうち続けていてくれていた。向こうも酔っ払っていたのかもしれない。その後も、僕はひたすら喋り続け、疲れて、沈黙がしばらく続いたところで、彼が、闇に静かに言葉を浮かべた。
「僕はね、子どもの頃、王様になりたかったんですよ」
不意の一言に僕は「へ?」と言ってしまった。大和先生はその声に反応してやさしく微笑むと、話を続けた。やさしく、酔っぱらいでもわかるように、続けた。
その王国は、誰にも見つからない、ずっと夜の国。そこには世界中のオモチャが集められ、一生不自由なく遊んで暮らせる。「イメージではね、いつもちょうどこんな風に月が浮かんでるんです」と彼は空を見上げながら言った。僕はこんな感じ?とイメージを合わせるように「口うるさい親も、いじめっ子も、いじめられっ子も、見て見ぬふりをする友達や先生も、怖い人も居ない」と言葉を並べた。うんうんと彼は頷きながら続ける。
「小5の僕は、食べても食べてもなくならないお菓子と、空を飛べるマントと、無敵の力を持って、眩しくて大嫌いだった朝のない、平和な夜の国の、王様になりたかった」
屋上で酔っ払った男が二人、おとぎ話にもならなそうな、夢を夜空いっぱいに広げていた。
「それは親は大反対しますよ」
二人して笑って、いつの間にかに、彼の嫌いな朝が来ていた。
そこからの彼の行動は早かった。
「夢を語る会をしましょう」
僕がそう言われた瞬間には、既に広報文が出来上がっていて、僕の仕事はそれを郵送し、電話と併せて各ご家庭へ告知をすることだけだった。
5月の中旬の日曜日、生徒や保護者は塾へ集結し、夢を語る会が行われることになった。もちろん、小春さんのお父様とお母様も来る。
そして、当日。
「さて、お父様とお母様、そして生徒のみんなには、既に『もし明日何にでもなれるなら、何になりたいか』をフリップに書いてもらいました。まずは各々の答えを聞いてみましょうか」
大和先生の仕切りで、まずは保護者の発表が続く。
医者、野球選手、学校の先生、弁護士、次々とフリップがめくられる。
「お父様は?」大和先生に指されて、体型からしてひょうきん者の優子ちゃんのお父様がフリップをめくる。ゾウ。「理由は?」と大和先生が訊くと、「いや、陸の王者になりたくて」というお父様の意味の分からない理由に、笑いが起こる。優子ちゃんが「もう!」とふくれる。
「お母様は?」と今度は少しおとなしめの健太郎のお母様が指される。宇宙飛行士、という発表に会場がおおーっとどよめく。健太郎もどこか誇らしげだ。
次は柚月ちゃんのお父様。パンダ。「また動物!いいですか、皆さん。好きな動物を書く場じゃありませんよ」と大和先生が突っ込むと会場がどっと盛り上がった。
次の猛くんのお母様は、「お母さん」と書かれたフリップを持ちながら、「私は、小さい頃からの夢を叶えました」と発表。会場からは拍手が起こる。大和先生は「素敵な夢ですね」と微笑みながら拍手を贈る。
次々にテンポよく発表させられる答えに、時には突っ込み、時にはナイスコメントを残しながら、徐々に場は盛り上がっていく。指すタイミングとやりとりのリズムが素晴らしい。大和先生は、さながら名司会者のようだった。
「しかし、うまいね。さすがは社長さん」と僕は隣に居る雛雪さんに小声で話しかける。雛雪さんは珍しく少し驚いた顔をした後、「プロですからね。おそらくすべてのフリップに何が書かれているか暗記しているはずです」と冷静に述べた。
「え?みんなが書いている時間で全部覚えたの?」
信じられないという顔で僕は雛雪さんを見た。これまた珍しく、雛雪さんが少しだけ笑って言った。
「日比野は、魔法を使うんですよ」
そういえば。
雛雪さんのその言葉で僕の脳内で記憶の津波が起こる。
そういえば!
昔、父が話していた気がする。世界を股にかけるビジネスマン所重里。伝説のコピーライターでもあり、名ファシリテーターでもあり、カリスマプレゼンテーターでもあり、敏腕コンサルタントでもある、「言葉の魔法使い」と呼ばれた彼には、たった三人だけ弟子が居た。
「その内の一人はね、なんとこの塾で講師をやっていた経験があるんだよ」
そう話す父の姿が蘇る。あの時も僕は酔っ払っていたから、衝撃は大きかったのに、全然思い出せなかった。たしか、魔法のようにその場を、会社を、世界を変えてしまうことから、弟子の彼に付いた異名は、『ファンタジスタ』。
目の前で起こっているそれは、まさしくファンタジーだった。
保護者の発表は終わりに近付いていた。残っているのは、小春さんのご両親。
「では、お父様、お願いします」と大和先生に指された小春さんのお父さんは、「娘が言い出した時はビックリしたんですよ」と言って頭を掻きながら、フリップをめくった。そこには、「歌手」と書かれていた。
「お母さんとね、出会ったのも実は学生時代のバンドだったんだ」
お父さんは後ろを振り返り、小春さんと目を合わせた。
「この前は悪かった。まさか自分たちの破れた夢を小春が追いかけるとは思ってもなくてな。私も、お母さんも、大人げなく取り乱してしまった」
小春さんは唖然としながら、お父さんと目を合わせている。周りの保護者達は少しざわつくが、すぐに空気を読んだように、会場がしん、となる。保護者はもちろん、生徒たちも。偉いぞ、みんな。
「辛い経験もたくさんしたんだ。それこそ、ひどい言葉も浴びせられた。夢を追うということは、簡単じゃなかった。夢破れて、落ち込んでいた私達のもとに、小春、君が来てくれた。君は、私たちの希望だった」
少し間をとって、お父さんは小春さんを見ていた。微笑みを浮かべながら、とってもやさしい目をしながら、お父さんが続ける。
「お母さんはね、ビックリしたんだ。私たちの希望である君が、私たちに苦しみや絶望を与えたその夢を追いかけようとしていたから。でもね、同時に、本当に、どこか、嬉しかったんだよ。ね、母さん」
隣で、お母さんは肩を震わせていた。そのままの姿勢で、こくんと頷いた。何人かの保護者が泣きそうになっているのが見えた。正確に数えられなかったのは、僕の目にも涙が溜まっていたからだ。最近涙もろい。
「夢を追いかけた先輩として言わせてもらうと、小春、どの夢もそうだが、この道はきついぞ。嫌なことも、辛いことも、いっぱいある。悲しい経験もする。成功するのはほんの一握り。夢は、叶わないかもしれない。それでも、行くか?」
お父さんは真剣な眼差しで、小春さんを見た。唖然としていた小春さんが、一瞬口を結び、しっかりとお父さんの顔を見据えた。
「うん」
小春さんは一度頷いて、もう一度お父さんの目を見ていった。
「私、頑張りたい。だって、お父さんとお母さんの子どもだもん」
その言葉と同時に、溢れんばかりの拍手が起こった。
「夢は、叶わなくとも、夢。もしかしたら追いかけること自体が素晴らしいことなのかもしれません」と大和先生が締めくくりに言った。その後の僕のパート「目的地と現在地の話」はあまり盛り上がらなかったけど、会のアンケートには好意的な意見が目立った。というより、「来てよかった」という回答しかなかった。会は大成功だった。
「そういえばさ、どうしてあんな時間に来たんですか?朝、嫌いなのに」
夢を追う会の打ち上げと称して、いつものように屋上で酒を飲む僕らだったが、ずっと気になっていた2つのことを聞こうと、今日僕は決めていた。
一つが、初めて出会った日、なぜあなた達はあんなに早い時間に来たのか、だ。
「ああ、それは幸人塾長との約束ですよ」
僕の頭に?が浮かんだのを察知してか、大和先生は先を続けた。
「幸人塾長がね、昔言ったんです。同じようにこうやってお酒を飲んでいたら朝の5時になって、昇った陽を見ながら、ホラ朝もいいもんだろって。山やビルを照らすお日様が、雲ひとつない空に輝いていて。あの時の景色は綺麗だったなぁ。そう言われて、それで僕は思っちゃったんです。朝も悪くないなって。単純ですよね、僕、その時から朝が嫌いじゃなくなって」
夜ばかりのオモチャの王国にも、朝が来たのだ。
「続けて幸人塾長が言ったんです。いつかまた会いに来る時は、朝に来いよって。早朝に来いって。俺はきっと屋上で酒を飲んで寝てるから、起こしに来いよって。幸人塾長は朝が大好きだったんですね」
違う。父は、朝が嫌いだった。夜が遅くなる塾業界では、早起きが苦手な人が多い。父ともよく一緒にお酒を飲んだが、「朝は嫌いだ」と結構な頻度でぼやいていた。では、父はなぜ朝の良さなど語ったのだろうか。疑問を持ちながら、僕は既に確信に近い答えに気付いていた。
「嫌いなものを、好きにさせてあげる。信じられないものを、信じさせてあげる。出来ないものを、出来るようにしてあげる。それが、教育者としての俺のポリシーであり、役目だ」
いつか、最高に酔っ払った父が、上機嫌で僕に語ったことがある。
「そうやって自分の世界を広げた奴が、夢を叶えられる。俺自身にだって叶えたい夢がいっぱいあったんだよ。タイムマシンを創る。金持ちや社長になる。世界を救うヒーローになる。兎も角、だ。そういう俺の夢は、ここで、この塾で、バトンパスのように託されていく。そしていつか、誰かが叶えてくれる。だから俺はここでさ、関わる人すべての世界を広げてやりたいんだ。ま、こんな話も酒の席ではいいよな」
言葉自体にはちょっと僕の脚色もあるかもしれないし、「タイムマシン創ったりしたかったの?」とあの時僕は茶化したし、ただのたとえ話だと父は自分でも揶揄していたけど、でも、あの時確かに僕は、そんな父を格好いいなと思ったんだ。だから、このお仕事を選んだ。
僕も、夢を叶えたわけだ。
そして、
ねぇ、空の上で聞いてるかな。
僕の隣に居る謎の男は、あなたのおかげで、嫌いなものが好きになり、社長になり、今日ここで、一人の生徒の夢を広げた。バトンは、ちゃんと繋がったみたいだよ。
つまり、あなたもさ、ちゃんと夢を叶えたんだね。
「そういえば何か思い出せたの?」
僕が問うと、大和先生は首を横に振り「何も」と答えた。そのタイミングで、「今日は私もご一緒していいですか?」と雛雪さんが後ろから僕らに声を掛ける。手にはお茶を持っている。ちょうど良かった。もう一つの聞きたいことをこの際だから直接聞いてみよう。
「そういえば、雛雪さんの下の名前って何ですか?」「雪です」
しばし微妙な空気が流れたが、謎が解けたので満足だった。
光と闇、どちらの世界だって大切にしながら、まだまだ、僕らの物語は続いていく。
ちゃんちゃん。002へ続く。
本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。
よく、読んだね。
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