慧真館さんのブログでも紹介されていた「マンガでわかる!10才までに覚えたい言葉1000」「マンガでわかる!10才までに覚えたい言葉1000レベルアップ編」を読みました。この本の詳しい紹介はぜひリンク先をご確認下さいませ。
この本がかなり高いテンションで紹介されている理由がわかりました。
うん、まず何より面白い。一コマ漫画をパラパラ見ていくだけで、何とも楽しい時間を過ごせます。
さらに、大人でも意味に悩むような言葉がわんさか出てきます。子どもだけでなく大人が読んでも、ただ笑えるというだけではなくて、深い気づきや学びを与えてくれるはずです。
「青菜に塩」「付和雷同」「コンテンポラリー」「まんじりともしない」。岸本先生もおっしゃられていたように、10才の子がこんな言葉を使っていたらビックリしますよね。
本棚のいつでも取れる位置に置いておいて、辞書代わりに生徒に渡したい教材です。
さて、その本を読み進めているうちにふと、いつだったか僕の心理学の先生が、雑談の中で何気なく浮かべた言葉を思い出しました。
「言葉をたくさん持っていると、幸福になれるの」
その時はそんなに深く考えず「ま、そりゃそうだな」ぐらいで頭の片隅に置いといたのですが、今回自分の備忘録としてその理由を幾つか挙げてみようと思い立ちました。お付き合いいただければ幸いです。
ちなみに、タイトルの「のべつ幕なし」とは「ひっきりなしに続くさま」という意味。冒頭の書でも紹介されています。
では早速、ひっきりなしに次々と挙げていきましょう。
なんで人は言葉をたくさん持っていると幸福になれるのか。
勉強に役立つ
一応塾ブログですから、勉強について触れておきます。
語彙力がつくと勉強に役立つ。まぁ、当たり前の話ではありますよね。
いわば言葉とは物事を考える時のツール。もちろん言葉がなくても思考や判断はできますが、それらをしやすくするのが言葉の役目です。
教科書やワークや本や先生の話。勉強するのに必要なものの多くは言葉で創られています。ですから、語彙が多ければ多いほど、そこから拾うヒントが多くなるということ。逆に語彙が少なければ、せっかく答えが書いてある説明書もうまく活用できません。
なぜか猟師に例えるとすれば、「武器」が「語彙」で、「獲物」が「知識」です。貧弱な「武器」では、「獲物」をうまく狩ることができません。結果、そんな猟師は成功体験が少なくなって、狩りが嫌いになってしまいます。勉強が嫌いになる子どものように。
語彙力をつけることは、武器を磨くことと同じ。ピカピカに磨いた自慢の武器があれば、狩りが楽しくなることは間違いなしです。
たくさんの人と話ができる
以前、回覧板を届けに来てくれた地域の組長さんに、話の流れで「それは役不足ってやつですよね」と言ったら、「若いのに言葉の意味ちゃんと知ってるじゃねぇか」と話が盛り上がったことがあります。お陰様で地域について色んなことを教えてもらいました。資源ゴミを出す場所とか。
言葉は、自分の内だけの家宝ではなくて、相手と分け合える共通の宝物です。知っていれば知っているほど、相手の気持ちを理解し、共感しやすく、共感してもらいやすくなります。また、単なる知識が話のタネになって、思わぬ方へ話が転がることもあります。
コミュニケーションは、僕ら人と人の間に生きる「人間」にとって、とっても大切な生きていく術の一つ。語彙力をつけることで、生きることが少しスムーズになるかもしれません。
年収が高くなる
ベネッセさんが「現代人の語彙に関する調査」という面白い調査をしていました。今までに2回行われているそうですね。
一回目の調査は、全国の高校生1040人、大学生1040人、20~30代の社会人520人、40~60代の社会人530人、合計3130人を対象に、インターネット調査により行ったそう。そこでこんな調査結果が出たそうです。
「年収が高い人は、語彙力が高い」
この調査結果がどれだけ信憑性があるかはわかりませんが、想像はつきやすいですよね。上記の通り、語彙力が高ければ勉強もコミュニケーションもうまくいきやすいわけですから、語彙力が高い人が入試や出世やお仕事に有利なのは一目瞭然です。
どんなゲームでも、どんなスポーツでも、ルールを知らないよりは知っている人のほうが優位に立てます。語彙力が高いということは、そのルールを知るチャンスが多いということ。
ベネッセさんも「因果関係は分からないが、豊かな語彙は社会に対する見聞を広め、よりよい生活につながる可能性が高い」とコメントを出しています。
知っていると、強くなれる
「勉強ができても、コミュニケーションが上手くても、年収が高くても、幸せと言えるかどうかはわからないじゃないか」
確かにその通り。でもね、語彙力をつけると、ちゃーんと幸せになれるのです。今回、上記に挙げたもの以外にも、それこそ「のべつ幕なし」に「言葉をたくさん持っていると幸福になれる理由」を書き出していって、その答えをようやく見つけました。
そして、それこそが僕の心理学の先生が言っていた「言葉をたくさん持っていると、幸福になれるの」の答えなんじゃないかなと、勝手に思っております。
そう、出し惜しみせず早速お伝えしましょう。その答えとは「語彙力がつくと、苦しみや悲しみや痛みに耐性がつく」というものでした。
え?しっくりこない?あらま。ちょっと説明しましょう。
皆さん、脳がどんなときに一番恐怖や悪いストレスを感じるかご存知ですか?訊いておきながらすぐ答えを言ってしまうのは教育者としてはあれですが、本題ではないので言ってしまいます。それは、「未知なるものに相対するとき」です。
脳の一番のお仕事は、宿主を生存させること。そこで一番のリスクになるのは、「なんだかよくわからない未知なるもの」です。逆にわかっていれば、その対処策が探せますからね。
だから「なんだかよくわからないもの」に出会ったとき、人は恐怖や不快感や強いストレスを感じます。幸せではなくなります。そうやって、「危ないよ!」って脳は身体全体にシグナルを送るわけですね。
例えばあなたが「リンゴ」を見たことも聞いたこともなかったとして、目の前に急にそれが落ちてきたら、「やばい何この赤いの。なにこれなにこれ。爆発するんじゃないの?触っていいの?めっちゃ赤いけど!この波平みたいなの何!」とそわそわするでしょう。
それが「知っている」というだけで「あ、リンゴだ。ラッキー。帰って食べよ」ぐらいになります。あんまり例が良くなかったですかね。これが心の中だともっと顕著です。
心に鋭い痛みが走ったとき。「やばいやばいなんなんだこれは」と脳が身体にシグナルを出す前に、「あ、これはね、焦燥っていうんだよ」と名前をつけられると、その痛みは少しだけ緩和します。
子どもが反抗期になったとき。「どうしようどうしよう」となる前に、「親の心子知らず」を知っていれば、ちょっと落ち着いて経過を見守ることができるかもしれません。
一見自分が損をしたと見えるとき。「はぁ〜」と溜息ついて落ち込むよりも、「情けは人のためならず」を知っていれば、気持ちよく次の行動に移れるかもしれません。
「ただ知っているだけ」で苦しみや痛みはひいていくのです。ちょっとだけかもしれないけれど、そのちょっとがまた前へ進む勇気をくれるのです。それに、「知っている」ということは、「言葉がある」ということは、どこかで誰かが同じ経験をしたことがあって、それならもしかしたら解決策が見つかっているものかもしれないということ。「自分だけじゃない」という安心感にもつながります。
そう、「ただ知っているだけ」が、強力な防御法になるのです。
嫌なことあった日にも、「人間万事塞翁が馬」という諺に出会えたら、ちょっとだけ未来が楽しみになるように。
いいことないなぁと呟く日も、「曇り空の向こうはいつも青空」なんて名言で、そっと心が癒されるように。
なかなか努力が報われないときも、「ちょっとずつたまってたくさんになる」というフランスの諺を見つけたら、また前を向くことができるように。
不幸や失敗が続いても、「七転び八起き」と言った先人が居る、つまり昔に七回転んだ人がいるということを知っただけで、「それはちょっと転びすぎだろ」と少しだけ笑えてくるように。
「言葉をたくさん持つと、人は幸せになれる」
さぁ、人生に役立つ武器を、お金にもつながる価値を、幸福になるためのアイテムを、手に入れに行こうよ。
その宝物は、たった努力一つで手に入るのだから。
ちなみに、同じくベネッセさんの調査に、「幸福度が高い人は語彙力が高い」というものがありました。さて、鶏が先なのか卵が先なのかわかりませんが、信じてみる価値はある気がしませんか。
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