課題「ヒーロー」

「私、天使なの」


結婚してちょうど1年。妻から突然の告白を受けた。

「もう空の上に帰らなくちゃいけないの」

僕は、明日の天気とか地球に近付く彗星のニュースとかを伝えるラジオを止めて、

改めてもう一度よく考える。

確かに、君は僕にとって天使のような存在だけど、

それとこれとはどうやら意味が違いそうだ。

「ちゃんと聞いてた?私天使なんだって」

こういう時はどの病院に連れて行けばいいんだ?と、

僕は頭の中でタウンページをめくる。

妻が怒る。「ちょっと。信じてないでしょ」

そりゃ、信じられるわけがない。

だって今まで君は普通に日本人の僕の奥さんだった。


僕らは同じ職場で出会った。

僕の下手くそな営業を、

いつもサポートしてくれる優秀な事務が君だった。

いつかの打ち上げの席で、

君に身寄りがない事を知った僕は、

なぜだか勝手に君の苦労したであろう人生を想像して号泣して、

周囲を引かせて、君にも迷惑をかけた。


僕の暴走ぶりはまだまだ止まらず、

後日、お詫びに誘ったイタリアンレストランで、

自分でも驚くぐらい積極的に君にアタックをして、

終いには、プロポーズした。

「初めての家族になりませんか?」

もちろん断られた。


だけど、それから何度かのデートを重ねて、

自分で言うのもなんだけど、

少しずつ少しずつ君は僕の事を好きになってくれた。

そして、僕はもっとずっと君を好きになった。

「子どもの頃、楽しい事なんてなかったな」

そう言う君の目はいつも寂しそうだった。

「でもね」少し元気が戻る。

「たまに施設で見てたヒーローもののテレビは面白かったな」

ウルトラマン、仮面ライダー、世界を守る無敵の戦隊ヒーロー。

「いつか私を救ってくれるかも、って思ってた」

呟きながら、また寂しそうな目。

「でも、ヒーローが救うのは、私じゃなくて、いつももっとずっと大きな世界なんだよね」


「だからって君がSFの主人公みたいにならなくてもいいじゃないか」

天使の告白の瞬間から、

タウンページやら君との思い出のアルバムやらを脳内で検索していた僕は、

とうとうショートして意味の分からない事を口にした。

君は「?」と少し不思議そうな顔を浮かべてから、

「仕方ないの。私だって先月初めて知ったんだから」

君はまるで自分が天使だという事は周知の事実だという風に、

僕に事のいきさつを説明し始めた。


「先月ね、知らない男の人が訪ねてきたの」

黒マントにシルクハットの50代ぐらいのその男の人は、

「やっと見つけた」って呟いて、

手をかざした。すると君の身体は光って、

宙へ浮いたらしい。

「その人がキリスト?」「キリストかどうか解らないけど、神様」

「何だか胡散臭いカッコだな」「黒が気に入ってるんだって」

「今更連れ戻しに来たの?」「うん。もうそろそろ帰って来いって」

あっけらかんとして君は言った。「私、迷子だったみたい」

「で、帰るの?」「うん、なんか楽しそうだし」

なんだそれ。


そりゃ最初のデートは無理矢理だったかもしれないけど、

一緒に居たいと思ってくれたから家族になってくれたんだと思ってた。

僕は「そう」とだけ言って、寝室に向かい、寝た。

君はドアの向こうから「明後日、帰るね」とまるで帰省するみたいに言った。

夢だといいなと思ったけど、現実なんだという認識はあった。

ただ、とりあえず神様の事は大嫌いになった。


その大嫌いな相手が今、目の前に居る。

仕事へ向かう途中のバス停で、

僕は黒マントにシルクハットのおじさんに声をかけられた。

宗教の勧誘か?と思ったら、神様本人だった。

神様は言った。「ちょっと話したい」

僕は言った。「でも仕事が」

神様がふっと笑う。「おぬし、私を誰だと思っている?」


というわけで、僕らはコーヒーショップに居た。

職場に電話をしたら僕はお休みになっていたから、

神様の力を認めざるを得ない。

「おぬしが、ずっと彼女を守ってくれていたんだな」

声もダンディだ。認めよう。神様っぽい。

ただ、神様が昼下がりにカフェでコーヒーを飲んでいていいのか?


神様は色々教えてくれた。

僕らの世界と、神様たちの世界では時間の進み方が全然違う事。

仕事が忙しくて、迷子になった彼女を探すのが半日遅れた事。

彼女がこのままここに居ると、世界のバランスが崩れて、もうすぐ僕らの世界がなくなってしまう事。


「でも、いいんじゃない。彼女も帰りたがってるんだし」

僕は精一杯の皮肉を込めて言ってやった。神様の顔つきが変わった気がした。

「本気だと思うか?」

僕の目をまっすぐ見据えて、神様は言った。僕は言葉に詰まる。

「本気で帰りたいと思ってると思うのか?」

僕はいつの間にか走り出していた。


まるで走馬灯みたいに、君との思い出が巡る。

よく一緒に行った公園。手をつないで歩いた。君の手作りサンドウィッチ、美味しかったなぁ。

自転車を並べて歩いた坂道。君はいつも左側。並木道の桜は綺麗だったね。

昔の作品ばかり上映する映画館。よく寝て怒られたっけ。ポップコーンは決まって君の大好きなキャラメル味。

一緒に作った休日のご飯。千切りは僕の方が得意。でも、君の味付けは天才的だ。

行きつけの定食屋。海沿いの散歩道。いっぱい話したファミレス。風が気持ちいいベランダ。

まだまだ沢山ある。いくらでもある。

大切な、とっても愛おしい、君の居る日々。

そんな日々を思い返しながら、そんな日々が無くなる事を想像して、

辛くて、苦しくて、泣きそうになる。嫌だ。絶対に嫌だ。


きっと君もそう思ってると確信しながら、走る。

疑ってごめんね。君のあの一言を本気にしてごめんね。

君も、僕と同じ気持ち。絶対にそうだ。

だって。

いつもいつもいつも、君は笑っていたから。

「家族になろう」って二度目のプロポーズの時、

君は泣きながら言ってくれたから。

「最初で、最高の家族になれると思います」って。

「ずっと守ってよね」って、君は僕に言ったから。


玄関のドアを勢いよく開けた。

ビックリする君の顔を見て、

何も言わずに抱きしめた。

「何?急に寂しくなったの?」君がおどけて言った。

「無理しなくていいよ」

僕はやさしく、言った。

そして、

二人は一緒に泣いた。



お別れの日。

僕らはいつも通り朝食を摂って、

テレビを見て笑って、

「お天気はどうかな~」と二人で空を見上げた。

澄み渡る青空。綺麗な空。広がったその光景に、

僕は思わず「幸せだなぁ」と呟いた。

優しい風が抜ける。

隣で君が「うん」と微笑んだ。

幸せだね。幸せだったよね。

予定よりもだいぶ短かったけど、

僕らの日々はきっと。


「準備はいいかね」

どこからともなく現れた神様が言った。

瞬間、空は割れ、君は宙へ浮いた。

一瞬驚いて、だけど、全部悟ったような顔で君が言った。

「何にも出来なかった私だけど」

轟音と共に、さっきまでとは違う、荒々しい風が君の髪を揺さぶる。

「そんな私が世界を救うなんてね」君が微笑む。

「ヒーローみたいじゃない?私」

僕が黙っていると、「何か言ってよ。寂しいじゃない」少しムッとした。

でも、すぐに笑い直して言った。

「こんな私を」笑顔が満面の笑みに変わる。

「愛してくれてありがとう」

笑顔なのに涙がこぼれた。

「私をずっと、一人にしないで居てくれて、ありがとう」

「バイバイ」


その一言で、僕は思い出す。

あの時、君は寂しそうな顔をしながら、

僕にこう言ったんだ。

まるで自分は世界に一人ぼっちみたいな、

そんな悲しみを浮かべながら。

「ヒーローが救うのは、私じゃなくて、いつももっとずっと大きな世界なんだよね」


違う。

僕は飛んだ。

精一杯ジャンプして、

君の足を掴んだ。「行っちゃ駄目だ」

君が涙を拭きながら、「でも」と答えるのを無視して僕は続ける。

「誰も助けてくれないなら」

僕は笑ってみせた。君が安心してくれるように。

深い暗闇を抱える君を、僕は助けたかった。

温かい場所で、君に幸せそうに笑っていて欲しかった。

だから、この手を伸ばすよ。ずっと離さない。

世界は救えなくても、決めポーズも必殺技もないダメダメなヒーローでも、

「僕が君を救ってみせるよ」


光が僕らを包んだ。

眩しくて目を閉じていた。

ああ、そうか。僕は君を帰さなかった。

だから、世界は終わる。

終わるから、どうせ君とは一緒に居られないんだけど、

一瞬でも君を、一人ぼっちにはさせたくなかったんだ。

僕は馬鹿だなぁ。


一生懸命今を生きている人。

ごめんなさい。

世界とのお別れ。

僕のせいだ。

ごめんなさい。


「本当、馬鹿ね」君の声が聞こえた。

「だが、その馬鹿者が世界を救った」神様の声も聞こえた。

どこからか鳴り響くファンファーレ。そして拍手。

「おめでとう。君は本物のヒーローになったぞ」

僕は意味が分からなくてしばらく呆然としていた。


「人間の君を試したんじゃ」

神様は何故か誇らしげに言った。

環境破壊を続ける人間を、このまま生かしておくべきか。

悩んだ末、神様は賭けてみることにした。

迷子になった天使と、一人の人間を使って。

人間が、本当に大切なものを守れる存在なのかどうか。

「おぬしは正解を掴んだわけだ」

おぬしがただ「ばいばい」と見送っていたら、世界は終わっていたぞ、って、

神様は笑いながら言ったけど、冗談じゃない。


「誰かの為に誰かが犠牲になる。こんな考えは馬鹿らしいからな。ちゃんと全員が幸せになれるようにおぬしらを創ったのに」

神様が愚痴愚痴言ってる。知らないよ、と言いそうになったが、さすがに逆らえない。

まだ戸惑っている僕のそばに、君が来て言った。

「私も色々を今初めて知ったんだけど、何はともあれ」

君が笑ってる。だから、よくわからないけど、とりあえずは良かった。

「私を守ってくれてありがとう」

やっと僕も笑えた。


翌日の朝。

僕らはいつも通り朝食を摂って、

テレビを見て笑って、

「お天気はどうかな~」と二人で空を見上げた。

澄み渡る青空。綺麗な空。広がったその光景に、

僕は思わず「幸せだなぁ」と呟いた。

優しい風が抜ける。

隣で君が「うん」と微笑んだ。

ラジオからいつかの続きのニュースが流れる。

「地球に衝突すると言われていた彗星が、不思議な事に、突然姿を消しました」


ちっぽけなヒーローの物語の披露は、

これで、おしまい。





【教育・道徳的観点から】


ちょいファンタジー物語。

場面転換が多くて、少しわかりづらい所もありますが。


元は「最後の一日」という、

出版社に初めて持込をした作品でした。

それをだいぶ短くして設定を色々変えたのですが、

ポイントは神様。イメージはモーガン・フリーマンです。


ごきげんよう。

あ、全然教育的な観点じゃないw




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塾という場所が好きです。生徒の成長する姿を見るのが好きです。生徒や保護者と未来の話をするのが好きです。合格や目標を達成して一緒に喜ぶのが好きです。講師と語り合うのが好きです。教材とにらめっこするのも好きです。新しい人と出会うのも好きです。藤沢の街が好きです。ブログも、好きです。

勉強犬

「第二の家」学習アドバイザー。
世界中に「第二の家」=「子どもたちの生きる力を育てる場所」を作ろうと画策中。過去に3000人以上の生徒の個別指導経験を持つ。元広告営業犬。学生時代は個別指導塾の講師。大手個別指導塾の教室長(神奈川No,1の教室に!)・エリアマネージャーを経て、2015年ネット上で「第二の家」HOME個別指導塾を開設。

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