光が反射する。
待ち合わせ時間の30分前。早く着きすぎた。フジテレビのビルに反射した太陽の光が目に入り眩しい。少し視界がぼやけたその向こうに、君が、少し照れくさそうに立っていた。
お互いに「早いね」と言いながら、予想外の始まりに緊張していた。並んで歩く。夢みたいだけど、夢じゃない。ここは現実だ。しっかりしなくては。
☻
意を決して君にデートを申し込んだのは、先週の水曜日のこと。
「キラキラしたものが好き」なんていう風に聞いていたから、きっと好きだろうと思って、ちょっと背伸びをして、今お台場でやっている人気イベントのチケットを用意した。
「親が当てた」と嘘をつき、余っている旨を匂わし、話に乗ってきたところで「よ、よかったらどう?」とさり気なく伝えた。つもり。
君からYESが貰えた時には、もう幸せすぎて空が飛べるかと思った。その日が迎えられなくなるのは御免だったから試さないでおいたけど、本気出せばいけたかもしれない。
「ちょうど行こうと思ってたんだ。深海くんもこういうの好きなんだね」と笑った君はやっぱり可愛かった。翌日ちゃんとチケット代を持ってきたところも流石だと思った。
僕は正直イベント自体にあんまり興味がなかったんだけど、入念な下調べのおかげで、だいぶ興味が湧いてきたのも事実だ。多分世界中の人の中で一番HPを見たんじゃないか。
なになに、「結構歩くから動きやすい服装と靴で」か。伝えておこう。SNSの返事の「ありがとう」だけで胸が躍る。
ん、「空いているのは夕方以降」か。でも、集合をお昼にしちゃったからな。混むのは覚悟で、話のネタになりそうなものをいくつか用意しておこう。大丈夫、映画や本の好みは似ているはず。
「全部ちゃんと回ろうとすると4時間以上かかる」って?臨むところである。むしろ、長ければ長いほどいい。待ち時間も含めて、沢山君といられる。
そういえば、僕が君に出会ったのも、長い待ち時間がきっかけだったっけ。
あれはたしか高校の合格者説明会。心配性の僕は会場に早く着きすぎて、外のベンチで会場設営を待っていた。知り合いの少ない高校に来たし、当日は親も来れないということで、余計に不安だったこともある。
そこに、君もいた。おそらく君も保護者が来れない組で、不安だったのかな。一人でポツンとベンチに座って、本を読んでいた。
その本の表紙にカバーはなくて、もう何度も読み込んでいる感じを受けた。タイトルが見えて、「おっ」と声が出そうになった。それは僕も大好きな古い小説だった。
その日は言葉を交わすことはなかったけど、同じクラスになった。言葉遣いや仕草が丁寧で、落ち着いていて、賢い子なのかなっていうのが第一印象。恋に落ちる感はまったくなかった。
それから、普通にクラスメイトとして話すことが増えた。好きな本の作者が新刊を出す度に、感想を言い合うようになって、その流れで連絡先を交換した。もちろんその時は恋愛感情なんてなかったと思う。でも、今思えば初めから、君が笑うと、なんだかすごく嬉しかった。
君は他の人と比べて極端に使う絵文字が少なめで、素っ気ない感じだったから「これはまさか嫌われてるんじゃないか?」と思うことがあったけど、「あんまりこういうの慣れてないんだ」という一言で、不安が吹き飛んだことを覚えている。今じゃもう文字だらけのコミュニケーションにも慣れっこだ。
一年生が終わる頃、いつの間にか、君の言葉や行動に一喜一憂している自分に気付いた。僕は、時間をかけて、だんだんと君を好きになっていった。少しずつ、少しずつ。
学年が上がって、同じクラスになれたときは、神様の存在を信じた。毎日願っていたから。
そして、その願いはどんどん膨れていって、学校だけじゃなくて放課後もこの先の未来もずっと、ずっと一緒にいたいと思ったから、僕は気持ちを伝えることを決めた。
出会ってから約一年半。やっと見つけたこの気持ちを、君に伝える。
それが、今日の僕に与えられた使命だ。
「さまよい 探索し 発見する」。
それがこの光のイベント「ボーダレス」のテーマだ。
10,000㎡を超える境界のない世界で、自ら移動する作品群を楽しみながら、お気に入りの部屋やアートや驚きを探し、出会う。HPで見た限りのイメージは、壮大な宝探しだった。
最初の部屋で簡単な説明を受け、入り口の前。いよいよだ。僕らは目を合わせて、同じタイミングで足を踏み出す。
溢れ出る光。革新的なテクノロジー。圧倒的な音とワクワク感が広がる。
と思ったら、まだ暗い通路だった。僕らは右へ行くことを決めて、気を取り直して歩き出した。零れ出る光を見つけて、君がこちらを見て笑う。
「ドキドキするね」
君が目を合わせたまま言うから、2つの意味でドキドキしたのは言うまでもない。僕はそれを隠すように早足でドアをくぐった。
そこには。
広がったのは、想像以上の光の世界。
「すごい…!」君が目をキラキラさせて言った。僕もテンションが上っていて、つい「うわー、一緒に来れてよかった!」と本音が漏れてしまった。君は「来れてよかったって言うの早いよ」とクスクス笑っていたから、色んな意味で大丈夫だったんだと思う。
光だけじゃなくて、山があったり、アトラクションみたいなものがあったり、同じ場所でも時間が経つと変化したり、触れると壁のアートが動いたりして、楽しすぎて僕らはもう子どもみたいにはしゃいでいた。
そこから先は通路にもアートが出現した。二人して「おおお」とか言いながら楽しんだ。あ、ちなみにトイレもそこら中にあるから安心だった。
中は迷路みたいになっていて、通路で色んな部屋が繋がれていた。
神秘的な部屋、光のシャワーを浴びられる部屋、まるでディズニー映画の1シーンのような部屋(ここはすごく並んだ)、幻想的な部屋。どこの部屋に入っても、僕は見とれていた。光のアートにも、そして、君にも。
階段を上ると、大きな遊び場が広がっていた。
ボルダリングやアスレチックみたいに身体を動かせるスペースや滑り台があって、大人も子どももワイワイとその場を思い思いに楽しんでいた。
君もこの時ばかりは「わー」や「きゃー」なんて言っていて、それが想像以上に可愛くて、「ナイス、ボーダレス」と僕は心の中でガッツポーズをした。
そんな遊び場の中でも、特に面白かったのは、お絵描きだ。
もちろんただのお絵描きじゃない。自分たちがお絵描きしたキャラクターが、スクリーンに映し出されて動くのだ。
ちなみに、僕の絵は渾身の力作だったんだけど、近くにもっと上手い似たようなコンセプトのクラゲがいて、恥ずかしかった。なんで「元気ですか?」なんて書いたんだろうか。
遊びだけじゃない。苦手な理科系のお勉強もできた。おかげで勉強が得意な君に、今度教えてもらう約束も取り付けることができた。
何の気なしに「もうそろそろ全部見たかな」という僕に、ほんの一瞬、君が寂しそうな顔を見せた気がした。ほんの一瞬だから、本当かどうかもわからないけれど、勇気が出た。
だから、「まだ行ってないところがあるかも」と、ゆっくりもう一周してみる提案をした。君が、嬉しそうに頷いた。
そしたら、やっぱり大事な部屋が残ってた。
光の彫刻の部屋。
僕らは目を見合わせて、本日何度目かの「すごいね」を共有した。
それからしばらく、僕らは隣同士に座って、光の演舞に夢中になっていた。
光に包まれながら、僕はさっきの君の寂しそうな顔を思い出していた。
僕の手が伸びる。
君の手に触れる。
君の手が逃げることは、なかった。
僕らは、精一杯の想いを小さな手に込めてつながり、まるで祝福の花火のような光を見上げていた。
「楽しかったね」
施設の外へ出た時、君がそっと空中に言葉を浮かべた。あれから、僕らの手は何事もなかったかのように離れていた。
「うん、楽しかった。やっぱり…」僕は並んで歩いているその足を止めて、そこで一緒に言葉も止めた。
夕暮れ時に、光が反射して、二人を包む。君は、綺麗だった。
「やっぱり?」不安そうな君の声が、沈黙を破る。僕は君の目を見る。
「君と一緒に来られてよかった」
僕はそこで想いを告げた。最初の出会いから、少しずつ少しずつ君を好きになっていったことも話した。君は静かに話を聞いてくれていた。
そして、僕の話が落ち着いた頃に、こう呟いた。
「さまよい、探索し、発見する」
「え?」と僕は聞き返した。君は嬉しそうに笑ってから言った。
「見つけるの、遅いよ」
君が僕の手を握って、小さく「よろしくお願いします」と頭を下げた。
でも、こうして、僕らは、昨日までよりもずっと確かに、つながることができたのだった。
「さまよい、探索し、発見し、つながる」
ボーダレスさまさまである。
後日談を紹介しよう。
あれから時が経って、僕らはさらに深くつながることができた。家族ぐるみで。そう、つまり結婚をした。
プロポーズが成功した時、「今更だけど」と前置きをして、僕は君に軽い気持ちで尋ねた。
「最初のデート覚えてる?あの時、告白したのビックリした?」
君は得意げに笑って、僕に衝撃の事実を教えてくれた。
初めて説明会でお互いを見かけた時から、ずっと好きだったこと。その時ベンチで読んでいた僕の本が、気になるきっかけだったこと。同じクラスになって、神様に感謝したこと。連絡先を交換して、だけど緊張して、素っ気ない感じの文しか送れなくてちょっと自分が嫌いになったこと。2年生も同じクラスになって幸せだったこと。僕がデートに誘ってくれて、空をも飛べそうなぐらいに嬉しかったこと。そして、デートの時についた嘘はバレバレだったこと。
「だって、チケットなんかなかったでしょ。スマートフォンのQRコードなんだから、余るとかおかしいし」と言いながら、君は悪戯な笑みを浮かべた。
真っ赤な顔をした僕に、君はこう付け加えた。
「でも、見つけてくれて、ありがとう」
おしまい。
本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。
はたして紹介できたのだろうか。
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