曲名ごとのオムニバス形式です。
「希望の轍」
夕方。空はいつもより暗かった。
お盆だからか、いつもより人通りが少ない新橋を歩く。
今日も仕事か。明日もだ。明後日もか。
夏休みってなんだろう。働くって何だろう。
よくわからなくなっていた。
灼熱地獄の中、
暑いスーツ着て、重い鞄抱えて、
お得意様に頭下げて、
数字作って上司にも頭下げて、朝早く起きて夜遅く帰って寝るだけ。
お金は溜まっても使う道がない。身体はいつもボロボロ。常に眠い。
疲れた。
ホームで立ちくらみがして転落しそうになる。
ホームレスっぽいおじさんに「まぁ、休めよ」ってベンチに座るように促された。
本当にきつかったのでちょこっとだけと思って座った。
すると、どこからか、今まで気付かなかった、音が聴こえてきた。
聴いた事のある歌だった。
すごく心地のいい音。
思わず顔を上げる。自然に腰が上がる。
立ってホームから覗いた新橋のSL広場。
オーロラビジョンをジャックしながら歌う、
そこに彼らがいた。
ボーカルはやけに黒い女性。
その隣で団子みたいなおっさんがギターを弾いている。40代かな?
コーラスはメガネをかけた男。「くまです」とボードを下げている。
ベースはマフィアみたいなサングラスのおじさん。楽しそうだ。
パーカッションとドラムとキーボード(顔が必死)とサックスも女性。
奥にまだメンバーが居るみたいだけど顔が見えない。
ダンサーも観客も楽しそうに踊っている。なるほど、と僕は思った。
これはサザンだ。サザンオールスターズだ。
昔よくカラオケで歌ったなぁ。
よく笑ってた頃を思い出す。
心地いいメロディにつられて空を見上げた。
広くて、こんな東京のど真ん中からでも星が見えた。嬉しかった。
「HEY!」
一瞬の空気の震え。
揺れているような錯覚を起こすぐらい、
イントロで一気にボルテージが上がった。この歌は僕も良く知ってる。
♪「夢を乗せて走る車道」
夢なんて乗せて走ってきたかな、と自分を振り返った。
胸を焦がすような恋なんてしてきてないけど、
歌は少しずつ僕の中に入ってきて、
それはすごく心地のいい応援歌になった。
♪「通り過ぎる街の色」
道はいつだって前へと続いてる。
過去は一つ一つ大切な財産になる。
思い出した。
入社した頃、お客さんの「ありがとう」がすごく嬉しかったこと。
社長に「よくやったな」って言われて泣いたこと。
後輩に頼られてはりきったこと。
何のためにこの仕事をやってきたのか。
♪「遠く遠く離れゆくエボシライン」
辛いことも苦しいことも全部。
無駄なんかじゃない。
決して無駄なんかじゃなくて、
その一つ一つがきっと、
明日をより輝かすための、本当に幸せになる為の、
それぞれにとってすごく重要な、確かな、希望の轍になるんだ。
気が付いたら腕を突き上げて一緒に歌ってた。
アンコールが終わって、ビジョンにバンド名が出た。
「サザンナイトクラブバンド」か。
なるほど。コレが流行のコピーバンドね。
会社に帰ってみんなに言われた。
「やけにスッキリした顔してるな」。
そりゃそうだ。
結局最後まで10曲ぐらい口ずさんで帰ってきたんだから。
「TSUNAMI」
カランコロン。
茅ヶ崎商店街の魔法使い、という看板が揺れた。
常連客のけん坊が重い足取りで入ってきた。
「やっぱり駄目だったか?」
「うん。おっちゃんに魔法かけてもらったけど、駄目だった」
けん坊は12歳。彼の初告白は失敗だった。
「ねぇ、おっちゃん。今度僕告白するんだ。かっこよくしてよ!」
それが3日前の出来事。
うちは床屋。
ドアのオシャレな看板は、
お客様の目的に合わせた髪のセットをすることから、
常連さんの一人がお礼に、と作ってくれたものだ。
「魔法使い」は恥ずかしいが、意外と気に入っている。
けん坊の初恋のお手伝いか。自分の40年前を思い出しながら、
「告白が上手くいく魔法をかけといたよ」と送り出した。
けれど、駄目だった。
お店の隅のテーブルで、
麦茶を泣きながら飲んでいるけん坊を見て、
何とか元気づけられないかと思い、
明後日の夏祭りのチラシを見せた。
「誘ってみたらどうだ?まずはお友達からって」
「いいよ。どうせ駄目だもん」
そんな風に言っていたが、
しぶしぶ結局はチラシを持って帰った。
頑張れ、と心の中でエールを贈る。
その小さな背中を見送りながら、
思い出してみる。自分の初恋。
今となってはこんなおっさんだが、
何かの歌の文句にもあるように、
俺にも「見た目以上涙もろい過去がある」のだ。
夏祭りの日がやって来た。
けん坊は上手く誘えただろうか。
祭囃子の懐かしいメロディに誘われて、
お店を少し任せてぶらりと商店街を歩いてみた。
商店街の真ん中。
設置されたライブ会場の前に、
けん坊と小さな浴衣の女の子を見つけた。
二人で食い入るようにライブを見ていた。
「サザンナイトクラブバンド」?
とにかく黒いボーカルの女性に、
眼鏡のコーラス隊。それに俺みたいなギタリスト。
面白そうだな、と耳を傾けたら、
俺でも知ってる曲がちょうど流れてきた。
静かな入り出し。蝉の声も祭囃子も止んだ気がした。
♪「風に戸惑う弱気な僕」
自分の思い出が少しずつ頭に浮かぶ。
切なさが少しだけ、こみあげる。
しばらく忘れていたなぁ、あんな思い出。
そういうものって、
すごく大切な気が、昔はしてたのに。
ちっともいい思い出じゃないから、
無駄だと思って忘れてたんだ。
♪「見つめ合うと素直にお喋りできない」
とっさにけん坊に目をやる。
気付かれないように、
少しずつ横の彼女に手を伸ばしてる姿が可愛くなって、
頑張れ、頑張れ、頑張れ、と心の中で応援する。
手が届きそうになったところで、
彼女がけん坊のほうを見て話しかけたから、
また手が離れる。「惜しい」っと思わず声が出た。
頑張れ、頑張れ、頑張れ。
♪「めぐり逢えた時から魔法が解けない」
恋は魔法のようなもの。夢のようなもの。
勘違いもするし、儚いし、叶わなかったときにショックも受ける。
でも、きっと、
その一つ一つが人を強くしていく。
成長させていく。
恋はかからなくちゃいけない魔法。
けん坊の手が、静かに、彼女の手に届いた。
♪「人は涙見せずに大人になれない」
少年はいつか、
魔法を解いて、
夢から覚めて、
大人になる。
無駄だと思ってた、
自分の思い出が急に誇らしくなって、笑う。
振り返ったけん坊が俺に気付いて手を振る。
「おっちゃん!魔法、かかったよ!」
俺は嬉しくなって、
いつの間にか「アンコール!」と手を突き上げ叫んでいた。
「SEA SIDE WOMAN BLUES」
♪「愛という字は真心で、恋という字にゃ下心」
かかっている音楽に耳を澄ませる。しゃがれた声の男が歌っている。その旋律に紛れながら、私は思い出す。あれは愛じゃなかったかな。夏の夜の記憶が少しずつ鮮明になっていく。星も見えないあの夜に、出会った人は、今何処に居て何をしているのだろうか。
最初の出会いは、会社帰りの東海道線の中だった。たまたま空いた席に座った私の横に、彼もたまたま座った。若い男が隣に座るのは正直なんだか嫌だった。漏れるイヤホンからの音に、きっと私は少し嫌な顔をしたんだろう。「あ、すみません」と彼は軽く頭を下げながら、こちらを向いた。綺麗な、顔だった。「いえ、大丈夫です」と私は返答をしながら、目を伏せた。そこから会話はなかった。イヤホンの音量は下がったのだろう。音は聞こえなくなった。隣の男はきっと私よりも少し若く、私のことを「嫌なおばさんだなぁ」と思ったのだろう。俗にいうイケメンだが、そういう軽さがあるように思えた。顔のいい男は軽い、というのは偏見だろうか。実体験に基づく、的確な考察に思えた。気が付くと、電車は藤沢に着いていた。
人波に押し出されるように電車を降りた。エスカレーターを上り、改札を出る。JRの駅から江ノ電の駅までは少し歩く。辿り着く前に、雨が降っていることを確認し、傘を買おうと雑貨屋がある駅ビルへ進路を変える。そこで私は、また彼に出会った。彼は傘を買ったところだった。「あ、さっきはどうもすみませんでした」と彼はまた頭を下げる。その頭がお店の棚に当たり、衝撃が波のように伝わって、乗っていた人形がいくつか落ちる。私は思わず吹き出してしまった。その笑顔を見て、彼も、笑った。
帰り道は一緒だった。二人で江ノ電に乗り、他愛もない話をした。彼はやはり私よりも年下で、だけれど予想外に、そんなに軽そうではなかった。女性と話すのに慣れていない感じさえあった。彼は七里ガ浜の駅で降りると言った。私にとっては最寄り駅の一つ前だったのだけれど、歩ける距離だったからか、私も一緒にそこで降りた。もしかしたら、あの時既に私は恋に落ちていたのかもしれない。
雨はその強さを増していた。私は降り注ぐ雨の出発地点、真っ暗な夜空を見上げ、傘を買い忘れたことに気付いた。彼は私よりも先に改札を出て、左右の道を見た後、「どっち?」と聞いた。私は「こっち」と指をさした。「じゃあ」と彼は私の手を引き、傘に入れた。
「近くまで送っていきます」
鼓動が早くなるのを感じた。小さな傘の中で、私達は何かを必死に隠していた。少しの沈黙が続いて、海の見える道へ出た頃、彼が意を決したように言った。
「あの、もし、もし良かったらなんですけど、今度一緒に花火を見に行きませんか」
隠していたものが、少し見つかってしまったような、バツの悪い顔を彼がした。もしかしたら、それは私も一緒だったのかもしれないが。
「はい」
自分の口から出たものなのに、自分の言葉ではないような感覚が残った。彼はすごく嬉しそうな笑顔を見せた後、一瞬うつむいて、そして私の肩に手を置いて、キスをした。自然な、やさしいキスだった。傘の中で、私はただ呆然として、唇が離れるまで動かなかった。雨の音が強くなった気がした。
家の近くのコンビニで傘を買って、私は帰宅した。彼とは次に会う日の約束をして、「もうここでいいよ」とそのコンビニで別れた。家に帰って、整理をしてみる。私はきっと、多分、恋に落ちたのだ。
約束の日は晴れていて、打ち上がる花火が綺麗に見えた。波音が心地よく、江ノ島や渚橋を照らす月は、いつもよりも高く見えた。山並みは夜より暗く、私たちは手をつないで歩いた。私が着ていたワンピースのスカートを、南風が揺らした。潮風独特の香りが、なんだかいつもよりも心地よく思えた。私たちはバーでお酒をいくらか飲んだ後、彼の家で、初めて結ばれた。
私たちの待ち合わせは、いつも海だった。昼の海も、夜の海も、他愛ない話を浮かべながら、よく歩いた。134号線沿いのバーで、お酒もよく一緒に飲んだ。彼はいつも水割りで、酔うと「ずっと一緒に居よう」と良く言った。彼の横はよく眠れたし、彼がそばにいると、不思議と安心した。あの頃、私は、彼とずっと一緒に生きていくつもりだったのだろうか。
病気のことがわかって、私は彼に連絡を取らなくなった。血液の癌というその病気は、確実に私の身体を蝕んでいた。余命はたった1年とちょっとで、私は仕事もやめ、実家に帰省した。両親は意外と普通に迎えてくれたが、無理をしているのも分かった。でも、普通にしていてくれることがすごく有難かった。彼には病気のことも、実家に帰ることも言わなかった。いつものあの海で、私は彼を振った。きっと大好きなあの人に、私はお別れをした。
今でも、あの頃の色んな景色を思い出す。江ノ島の明かり。海の上に浮かぶ月。片瀬川に反射する光。私は決まって彼の左。今もまだ、彼はあの海の近くの家に住み、夜はバーへ行き、水割りで酔っ払っているかな。傘の中での小さな告白も、覚えているかな。私のことなんか忘れて、違う誰かを愛しているかな。そう言えば、恥ずかしがって一度も下の名前では呼んでくれなかったな。少しの残念さと、切なさを覚える。いい思い出だったよねと、いつも自分を納得させる。君を思い出す時さ、私はいつも笑っているよ。泣きたくて泣きたくて、どうしようもない時も、ちゃんと笑っているよ。君に会えて良かったから。本当はいっぱい、感謝している。
ねぇ、もしかしたら一度話したかもしれないね。私の実家からも、海が見えるの。あの場所と同じように、心地の良い、波音が聞こえる。太陽の光や月明かりを浴びて、同じように綺麗に水面が輝く。同じように広がって、同じように聞こえるのに、だけど、ちっとも同じじゃない。一緒じゃないの。だって何処にも、君が居ないから。やさしくて、不器用で、お酒はそんなに強くなくて、少しだけロマンチストで、私より若いくせに生意気で、一緒にいて楽しくて、安心で、大好きな君が居ないから。精一杯に祈ったら、届くかな。ちゃんと本当の気持ちが伝わったらいいなって、どこかで思っている私はずるいかな。ねぇ。だから静かに、そっと、誰にも気付かれないように、私が沢山のありがとうを浮かべるのは、君がいない、海です。
「真夏の果実」
あの海沿いのアパートを出たのは、
もう二年も前。
潮の匂いのする風。
耳を澄ませば聞こえる波の音。
大好きな街で、
大好きなあなたと暮らしていた、日々。
♫「今もこの胸に夏は巡る」
商店街の向こうから、
あなたの大好きだった歌が聞こえる。
一緒に散歩した道も、
寄り道してのんびりしたオープンテラスのコーヒーショップも、
まだあの日のままに残ってる。
懐かしいなぁ。
私さ、一緒に並んで歩くのって嫌いだったけど、
あなたとの散歩は楽しかった。
嬉しかったんだよ。
きっとあなたも。でしょ?
♫「遠く離れても黄昏時は熱い面影が胸に迫る」
夕焼けに染まった街並み。
いつも通ってたお店が閉店をしていて寂しくなる。
街も、人も、
きっと変わっていく。
それが当たり前なんだと思う。
でも、あなたは、
最後の最後まで優しかった。
あの頃も、今も、
届けられはしないけど、
ずっとずっと想ってる。
思ってる。ありがとうって。
♫「四六時中も好きと言って」
もっとちゃんと伝えたかった。
もっとしっかり届けたかった。
言葉って大切だから。
あなたと一緒になって笑って、
色んな街を巡って、
そんな日々をたまには語り合いながら、
ただ、ずっとずっとそばに居たかった。
大好きって、言いたかったよ。
♫「夢の中へ連れて行って」
もう一度、会いたい。
すごく短い夢の中でもいいから、
また会いにきてくれないかな。
でもね、でもね。
♫「忘れられないheart&soul」
あなたの身体がここに無くても、
気持ちや思い出はずっと残ってるから。
私はそれを集めたり拾ったりしながら、
いつでも、また、あなたに会える。
♫「砂に書いた名前消して波はどこへ帰るのか」
必ずいつか終わる私の短い生涯の中で、
あなたに会えてよかった。
いつか私が何処かへ帰る日にも、
あなたとの日々を、私の宝物を、
持っていけたならいいな。
♫「こんな夜は涙見せずに」
お別れの日の夜に、
寂しくなるなぁって笑ったあなたを、
私は忘れない。
♫「また会えると言って欲しい」
「また戻ってくるからな」って、
あなたはそう言った次の日から入院する事になって、
もう、帰ってはこなかった。
♫「涙の果実よ」
シャリ、っと音を立てて、
おばあちゃんから貰ったリンゴをかじり、
「美味しいよ」と言うつもりで、
おばあちゃんへ向けて話しかける。
「そうね、まだ暑いねぇ」とおばあちゃんは返す。
やっぱり私の言葉は伝わらない。
だけど、
空の上にいるあなたになら届くかな。
おじいちゃん。
あなたと暮らした街に、
久々に戻ってきたよ。
「別れた女房は怒るとすごく怖かったから、
お前を預けるの心配なんだよな」って言ってたけど、
おばあちゃんはすごく優しくて、
私は毎日幸せだよ。
でも、寂しいよ。
おじいちゃんに、また会いたいよ。
大好きだよ。ずっと一緒に居たかったよ。
ちゃんと届けと、
精一杯の想いを込めて鳴いてみる。
繰り返し、繰り返し。
ねぇ、ちゃんと見つけてよ。
「にゃあ」
【教育・道徳的観点】
応援団に入るぐらい、
大好きな方々です。サザンオールスターズ。
音楽も人柄も、ライブパフォーマンスも全部好きです。
好きな人ができると、
毎日が楽しくなりますね。
勉強に疲れたら、音楽を聞いてリラックスするのもいいね。
ぜひ、サザンを。
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