『田名町中学校探偵サークルの事件簿』
11月30日、晴れ。
自転車探しの依頼を受ける。
依頼人は、坂本先生のクラスの純子ちゃん。
こんな寒い時期だ。早く見つけてやらねば。
成功報酬は、秘密。
表紙に「日は短く仕事は多い」って書かれたノート。
古代ギリシャの医者、ヒポクラテスの言葉だ。
このノートは別名、調査日誌。
サークルのメンバーで情報を共有するためのものだが、意味はあるのだろうか。
まだサークルのメンバーは二人しかいないのに。
サークルを立ち上げる前から、
私には月々大体3つずつほどの依頼がきていた。
私はその内容と報酬を吟味して、依頼を受けるかどうか決める。
今回は、学年一の美女、純子ちゃんの自転車探し。
依頼を受けた理由は、もちろん内緒だ。推理してくれ。
「ねぇ、黒男くん。今回はどんなことやるの?」
助手のリンコが話しかけてきた。紹介しよう、リンコは私の助手兼弟子。
同じクラスに所属している。毎回の調査費用やその他の経費は彼女が負担する。
探偵としての勉強量と授業料だ。
決してイジメなどではない。理解して欲しい。
それにしても、だ。
「リンコ君。仕事中は私のことをジャックと呼びたまえ」
注意はほどほどにして、私はすぐに教室を飛び出した。
水曜日の放課後。サークル活動の為にとられた時間。
生徒はその時間を自由に使える。帰るのも部活に行くのも自由だ。
私は一刻も早く自転車を探さねばならない。
えっ?なぜ、名前を隠すのかって?雰囲気だ。
私の調査によると、
ここ何ヶ月かで、同じ学年の生徒、5人の自転車が無くなっている。
その5台に因果関係はないことは明らかだ。
場所もバラバラだし、時間も自転車の種類もまるで違う。
となると、今のところの手がかりは0。
仕方がないから、もう一度純子ちゃんに話を聞きに行こう。
ついてこなくて良いと言ったのに、リンコの奴はついてきた。
デリカシーもへったくれもない。
私は純子ちゃんにあらかたわかってることをいくつか質問して、
最後にもう一度、念をおした。
「成功報酬は…」隣でリンコがわざとらしく咳払いをしたが無視した。
純子ちゃんが静かにうなずいた。「わかってるよ」
捜査再開。俄然、やる気が出てきた。
「ねぇ、デートの約束、してたの?」
リンコが突然、今までにないローテンションで私に問いかけた。
「な、何を突然…」
どもった。リンコはそれで悟ったようだった。
確かに、そうだ。
私と純子ちゃんは次の日曜日、自転車でデートに繰り出す予定だった。
それがこの自転車失踪事件で台無し。
女と出来の悪い学生は早めに落とせ、というが、
そうできない理由を作ったのがこの事件なのであった。
まぁ、そんなことはどうでもいいのだが。
その後の調査中、リンコは一言も喋らなかった。
自転車がなくなった場所は家の前の小さな庭。
お母さんも確認していたそうだから間違いはないだろう。
この事件、「犯人」がいる。
電動でもないただの平凡なママチャリ。1万円ちょうど、ギアなし。
自転車についていた鍵は二つ。
並みの自転車泥棒ならば、そんな自転車を盗みはしないだろう。
ならば考えられるのは、私怨。もしくは、ストーカー。
自転車を盗むストーカーはもはやストーカーと呼んでいいのかわからないが。
私は本格的な調査に乗り出した。
あくる日。自転車は呆気なく見つかった。
純子ちゃんの家の前にあったのだ。元の場所に元のまま。
私が何をするでもなく、この事件は終わった。
ただ、私にはすでに犯人がわかっていたが。
「ねぇ、日曜日だよ。私といていいの?」
リンコが弱々しい声でそう聞いた。「あいにく…」私は残念そうな顔をしながら、
「私が事件を解決したわけじゃないのでね」
リンコは少し申し訳なさそうな顔をしながら、黙っていた。
ぷっ、と私は笑ってしまった。
「うまくやったな。だが、最後がいけない」
「知ってたの?」
「自転車が捨てられたり置いてあるような場所は散々探したからな。しかも、自転車はちゃんと戻ってきた」
何もかも知ってるよ、という感じの声で私は続けた。
「家に他人の自転車を置いても誰にも気付かれないぐらいの豪邸に住んでいる奴を、私はリンコしか知らないよ」
リンコはうつむいたまま、「ごめんなさい」とだけ言った。
その顔には「だって行かせたくなかったの」と書かれているようだった。
この謎。純子ちゃんへの私怨などではなく、最初から私が原因だったのだ。
「なぜ自転車を返したりした?黙ってればいいものを」
ちょっと意地悪な質問だったか。リンコは何も言えず引き続きうつむいていた。
「…もうコンビは解散?」
しばらく歩いたとこで、リンコが恐る恐る私に聞いた。
「そうだなぁ。信頼している助手に裏切られたわけだからな」
リンコがしゅんとなって再びうつむいた。空まで暗くなるような顔だ。
しょうがない、と私は一つ息を吐いた。暗くなられたままでは、こっちの調子が崩れる。
「さてと、お詫びにあそこのカフェでフルーツパフェでも奢ってもらうかな」
私の突然の提案に、リンコが生き返ったように振り向いた。
「店のもの全部奢ってあげるよ」と言い出しかねないぐらいの顔だった。
「それはデートの約束?黒男くん」すぐに調子に乗る。
「反省会議だ。題目は助手の裏切り。それから、私のことはジャックって呼べって。頼むから」
「反省ってことは、活かす次があるってことだよね」
リンコはそう言って、やっといつものリンコになった。
雲がどっかへ消えて、11月なのにまだ元気な太陽が顔を出した。活かす次…か。
そうだな。私達の事件簿はまだまだ続く。
多分。いや、きっと。
なぜなら、私がそれを願っているのだから。
ちゃんちゃん。
【教育・道徳的観点から】
こんな生徒が居たら嫌ですが。
私は手塚治虫作品が好きでした。
ブラックジャック、火の鳥、ブッダ…
ページをめくる度にワクワクしたあの感覚を、
今の子達にも味わって欲しくて、本棚に置いておきます。
テストが終わったら、ね。
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