だんだんと春の気配が近付いてくると、
早いもので、
あっという間に桜はその姿を開花させる。
「私を愛して」っていうメッセージを送って、
多くの人達はお酒を片手にその下で踊ったり舞ったり。
そして、
だんだんと僕らのことを忘れていく。
「もう、温かくなってきたね」
君が笑いながら言ったけど、
僕には笑うことが出来なくて、
君が少し寂しそうな顔をした。
「だんだんと…」
君が何か言おうとしたから、
僕をそれを遮るようにして、言葉を放った。
「ねぇ、君はさ」
君が一瞬驚いた顔になった。
おかまいなしに、僕は続けた。
「君は、何かやりたいことある?
ホラ、せっかくの春だしさ」
もう僕らにそんなに時間がないことは、僕も君もわかっていた。
まるで、大病に冒された患者のように。
静かに、だけど、精一杯に、残された時間を生きていた。
「ううん」
軽く首を振りながら君が言った。
あまり振りすぎると取れてしまうから、
遠慮をしたのかもしれない。
「あなたと、あなたと一緒にいられるだけでいいの」
それは、「今と変わらない日々が欲しい」という君の切なる願いだった。
でも、それは無理なことを、きっともう君も気付いてたんだ。
だから、本当に少しだけ笑って、こう言った。
「ずっと、一緒にいられたら、幸せだなぁ」
僕の想いも、
君とまったく同じだった。
でも、口には出せなかった。
そうなれないことは知っていたし、
僕の力では、どうすることも出来なかったから。
だんだんと、
大空に燦然と輝く太陽は、
僕らの体力を奪っていった。
僕よりも身体が小さい君は、
日増しに、口数も少なくなっていった。
「あなたと」っていう言葉が多くなった。
口に出すのは、決して叶わない祈りや願いばかり。
一日中、二人で寄り添って、
空想や夢を浮かべて、精一杯に笑顔を作ってた。
浮かべるのは僕。
君はもううなずくことさえも出来なくなっていた。
僕らの時間が限られているのは、
最初から知っていたけど、
だったら、僕と君が出会うことに意味はあったのかな。
サヨナラを伝えなきゃならない、初めまして。
お別れが決まってる、出会い。
君が喋らなくなった。
僕は何も出来なかった。
ただ、考えていた。
思い出していた。
たとえ、僕が溶けて、この世からいなくなっても、
絶対に、絶対に忘れないように。
なくさないように。
君と一緒に、歩んできた日々のこと。
いっぱい笑って話したね。
僕らをぺろりと舐める大きな犬のことや、
踏みつぶされそうになる車のこと。
僕らのいる庭に建つ家から出てくる、
たくさんの人達のこと。
天気のこと。
夜、空に浮かぶ大きな目玉焼きのこと。
小鳥の歌が音痴ってこと。
庭に初めて咲いた、名も知らぬ花のこと。
いつも隣には君がいて、
寄り添って、笑ったり、泣いたり、喧嘩したりしてた。
僕らに、温かいのは禁物なんだけど、
君といると温かかった。
本当に、幸せだった。
「ねぇ…」
君がすぐに消えてなくなってしまいそうな声で言った。
「最後まで、こうやって寄りかかってていい?」
僕の目から、
水滴が次々とこぼれ出たけど、
無視をして言った。
「もちろん。君が好きなだけ」
「うん…」
君が笑った。
すごく幸せそうだった。
いや、
間違いなく、
僕らはこの瞬間、幸せだったんだ。
「あったかいね…」
うん。
「幸せだね…」
うん。
「私たち、幸せだったよね…」
うん。
「本音を言えばさ」
君が、力を込めて、最後の笑顔で言った。
「…ずっと、ずっと一緒にいたかったな…」
うん。
「でも…また、会えるよね?」
君が黙った。
それが、サヨナラのサインだってこと、僕は知ってた。
だから、僕も、ちゃんと君に届くように、ありったけの想いを込めて、言った。
「また来年も、
そのまた次の年も、
この先はずっとずっと、
ここで君に会えること、楽しみにしてるからね。
生まれてこれるかもわからないけど、
絶対にまた会える。
僕は信じてるから。
忘れないから。
絶対に。
また会える。
だから…」
君が見てないのはわかったけど、
泣きながら、でも、精一杯に笑って言った。
「またね」
みんなが待ち望んでいた春が来る。
街は色めきだして、子供達は余計に元気になって、
何だか世界が明るくなってくんだ。
きっと、君がいたら、
ずっと笑いっぱなしだっただろうね。
もうすぐ、僕もこの世界からいなくなるけど、
君がいなくなって、やっと気付いたことがあるんだ。
僕らがここに生まれてきて、
君に出会ったことにちゃんと意味はあったよ。
だってね、次に出会える日のこと、
ずっとずっと楽しみに待てるから。
君に会えてよかった。
またね。
【教育・道徳的観点から】
誰もが待ち望んだ春という季節が、
誰かにとってはお別れの季節になる。
視点を変えたサンプル作品でした。
昔、私の恩師は言いました。
「氷が溶けると何になる?」という質問に、
「水たまりになる」じゃなくて、「春になる」と答えられる、
奥深さを持つと良い。
視点を変える訓練をしてみようかな。
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