課題「小田急江ノ島線」折り返し運転

つづきです。

大和→藤沢は、こちら。


7、【折返し】江ノ島線大和行きー六会日大前駅


あ、コレ持っていくんだったな。


吉井ひかりは教室のドアの前に置いておいた、

プレゼントを忘れそうになって苦笑した。

坂口さんはきっとこんな風にしてそのまま忘れちゃうんだろうな、と、

忘れ物の多い友人を想像してにやける。

今日は私が忘れないようにする番だ。


今日は職場の飲み会。

新人の配属が藤沢に決まったので、その歓迎会だ。

もう一つ、内緒で先輩の結婚を祝うというサプライズもある。

プレゼントを忘れては台無しだ。


六会日大前の駅は、

学生が利用する駅だからか、

土曜日の夜は比較的落ち着いている。

今日はさっきまで雨だったし、その影響もあるのかな。

私はその雰囲気が割と好きだったりする。


大きな袋を抱えて、大和方面への電車に乗る。

そんなに混んではいない車内で助かった。

やたらかさばる袋の中身は、

藤沢の新人くん用の「社会人の心得」という辞書みたいに厚い本と、

結婚していきなり二人の子持ちになった先輩への「子供と一緒に遊ぶスポーツセット」だ。


奥様は二度目の結婚で、二人の子連れだというから、

塾の教室長をしている先輩と、どこで出会ったのかは気になるところ。

今日はそこんとこ追求してみよう。


飲み会が開催される大和駅までは、まだ少しかかる。

飲み会の段取りを確認する。


司会は藤沢教室の篠原さん。

このお仕事の前は営業をやっていたというだけあって、

よく喋る。適任だろう。

うちの会社に入ってきたのは一年くらい前だろうか。

元気で声が大きいが、わりと良い人で、

すぐに打ち解けた記憶がある。

今日も、自分の教室に入ってきた新人だから大歓迎しようと張り切っていた。


会の場所は、湘南台教室の高田さんに決めてもらった。

お酒が大好きというだけあって、

小田急江ノ島線沿いのお店はあらかたチェック済みのようだ。

「大和」「6人」「お祝い」というキーワードを渡したら、

すぐに条件に合う場所を教えてくれた。

検索サイトみたいだ。いや、すごくいい意味で。


幹事は私と同期の大和教室の坂口さん。

プレゼントも一緒に選んだ。

「私、忘れるから」とプレゼントの運び役を私に押し付け微笑む彼女は、

同期だけどどこか憎めない後輩のようだ。

落ち込んだ時、あの明るさには助けられている。


私の子どもの頃のあだ名は「かげ」だった。

名前のひかりとかけられて、

暗い私の事をクラスの男の子がそう呼んだのがきっかけだ。

自分では暗いとは思っていない。ただ、よく考える方なのだ。

だから、すぐに行動出来たり言葉が出てきたりする、

一緒に働くみんなが少し羨ましい。


ふっと我に帰り、窓の外を見る。

もうすぐ長後駅だ。

ここで乗ってくるはずの、

前嶋先輩が居ないかよく確認する。

ここで会ってしまってはサプライズプレゼントが台無しだ。

抱えるようにしてプレゼントをできる限り隠す。重い。


「やめてください」

駅に張り付いていた目線が、

その声の元へ驚くほどの早さで移動する。

一つ向こうの座席で、

私と同い年ぐらいの気の強そうな女性が、酔っ払いのおじさんに絡まれている。


「やめてくださいとは何だ!何もしてねぇだろうが」

少し呂律の回っていない怒鳴り声。少しだけ近付く手。

「いやっ」

それを払って車内を移動しようとする女性を、

「おい、テメェ失礼だろ」と、おじさんが追いかける。


しかし、私の前を通過した女性が、

足を滑らせて転んだ。

電車が止まって揺れた事と併せて、

雨の後の電車内の滑りやすさが原因だろう。

もちろん、追いかけられる恐怖も。


目の前でそんなドタバタが起こっているのに、

案外冷静な私の前を、

今度は血気盛んなおじさんが通ろうとする。

考えるよりも先に私の手が動いた。


どすん。

私はただ荷物を置いただけだ。

ただそれが走る酔っ払いおじさんには障害物になった。

つまずいてよろめき反対側の座席の棒に慌てて捕まるおじさん。

ちょうど電車のドアが閉まるそのタイミングで、

その一瞬のタイムラグを利用して、女性は駅のホームへ逃げて行った。


「あ、すいません」と謝る私に、

「おい、こら…」とおじさんが文句を言いかけた所で、

「おっさん、警察行く?」と聞き慣れた声が間に入った。

前嶋さんがニヤニヤしながら、おじさんの後ろに立っている。

あ、

プレゼント隠さなきゃと思った私はやっぱり色々考え過ぎなのだろうか。


「考えるより先に、手が動いてたな」

隣に座った前嶋さんがぼそりと言った。「え?」と思わず聞き返した。

「前に言ってたろ。私考えすぎて動けないんですって」

そういえば、いつかの飲み会で先輩達にも「かげ」の頃の話をした。

「出来るじゃん、すぐ動くこと。でもさ、俺はしっかり考えられるお前もすごいと思うけどな」

不意の一言にリアクションが取れずに居る私を、

今度はからかうようにして笑う。

「あ、また考えてる」


でも、おかげで少しだけ胸が張れた気がした。

人はきっと、変われる。

でも、変わる前の自分だって大切にしてあげなくちゃ。

誰と比べるわけでも、競うわけでもなくて、

駄目でも、嫌いでも、そんな自分を認めてあげよう。

いつかちゃんと好きになれるように。


「ありがとうございます」と横を見ると、

前嶋さんは奥の方に居る綺麗な女性を凝視していた。

プレゼントはばれなさそうだなと思うと同時に、

世の中って変わった人ばっかりだなぁと、

少し安心する。


私もきっと、私のままでいい。






8、【折返し】江ノ島線大和行きー大和駅


「自分、最寄り駅は隣なんでここから歩いて帰れます」


堂々と宣言してみたが、

誰も聞いちゃいない。

飲み会が始まって2時間。

既に全員が酔っ払いと化していた。


「大丈夫?渡部くん」

唯一大丈夫そうな吉井ひかりさんが声をかけてくれる。

しかし、酔っ払い達の相手で自分の話を聞くどころではないらしい。


「適当に喋ってて」とは難題だ。

大学の野球サークルでも近い事はあったが、

ほとんどが初対面の中でというのは初体験だ。

これが社会人クオリティか。

果たして今日僕がここにいる意味はあるのだろうか。


とりあえず隣の篠原さんに声をかけてみる。

配属された教室の先輩だから、何度も会話していて一番話しやすい。

が、寝ている。


その隣の坂口さんはやたらと高田さんにからみ、

さっきから二人でヘプバーンなのかヘップバーンなのか議論している。


もう片方の隣の前嶋さんは、

「渡部くんはさ、終電大丈夫なの?」とさっきから10回ぐらい聞いてくる。

おかげで、僕は隣の桜ヶ丘駅出身ですと何度もアピールする羽目になった。


「前嶋さんは奥さんとどこで知り合ったんですか?」

酔っ払い達の隙をついて吉井さんが尋ねる。

「へ?」貰ったスポーツグッズを抱えながら前嶋さんはすっとんきょうな声を出す。


「最初の出会いは電車だったみたいよ。一年ぐらい前かな。二回目は偶然会って、そこからだってさ」

高田さんがオードリー話から抜け出して答える。

僕も疑問を投げかける。

「でも、たまたま電車で会った人をよく覚えてましたね」

「なんか奥さんに双子の子どもが居てさ、目立つ格好だったみたい。その二回とも」

本人が居るのに、別の酔っ払いが答える光景はいささかシュールだ。


「へー、双子かー。可愛いんだろうなぁ。でも電車で出会うって、ドラマみたいですね」

吉井さんが本当に羨ましそうに言葉を浮かべる。

でも、そんなドラマみたいな奇跡は、割と近くで起こっていたりする。


僕は全部気付いてしまった。

会話はあんまり成り立たない飲み会。

でも、楽しい。

良い人達なんだぁと分かって良かった。

そして、やっぱり神様って居るんだなって思った。

僕が今日ここにいる意味はちゃんとあった。

僕じゃなきゃ駄目だったんだ。


帰ったら、彼女に報告しよう。

酔っ払いのお姉さんは、

やっぱり今日も酔っ払いだったよって。



一年前の小田急線の車内。

喧嘩していた僕と彼女に、

突然絡んできた女性が居た。

でも、そのおかげで僕らは仲直りできた。

今、その恩人は目の前でやっぱり酔っ払っている。

ありがとうございます、高田さん。


そして、

同じ電車にあなたも乗っていたんですよ、坂口さん。

入り口付近でずっとうなだれていたけど、

でも最後には満面の笑みで電車を降りて行った。


しかも、これはもしかしたらだけど、

その笑顔を創った主たちはカラフルなTシャツを着た双子だった。

お母さんはまだ若く、綺麗な人だった記憶がある。

もしかして…でも十分有り得る気がする。

いつか前嶋さんに確認してみよう。


さらに、

その日彼女と仲直りしたレストランで、

たまたま居合わせて、記念に一緒に写真を撮った男性が居た。

まさかなと思いつつ、改めてスマホの画像を確認する。

そこには満面の笑みの篠原さんが居た。


いつか、みんなに本当の事を話そう。


このどうでもいいかもしれない、

だけど、すごく愛おしい事実を。


人は、人とつながって生きてる。

どこに居ても、何をしてても、一人じゃない。

日々は楽しみに満ち溢れていて、

大きなこの星の、片隅の国のちっぽけな電車の中で、

ちょっとした奇跡だって起こる。

きっと至る所で生まれてる、

目を凝らさなきゃ気付かないようなそれらを、

明日もさ、ワクワクしながら見つけに行こう。


「あーそういえば!」と坂口さんが大声を出す。

みんなの目がそちらに向いた所で、一冊の本を鞄から取り出して彼女は言った。

「これこれ、もう一年ぐらい渡すの忘れてたけど。はい、ひかりちゃん」

手に持っていたのは、駅ごとに物語が綴られた、昔流行った小説だった。


線路よりもずっと果てしなく、

僕らの物語は続く。


人生は続いていく。






【教育・道徳的観点から】


「阪急電車」をモチーフに、

職場仲間から出されたお題で出来たサンプルです。


模倣、は大事な成長のチャンスです。

あの人だったらこうするだろうな、とイメージすると、

嫌な仕事や苦手な勉強も少しだけ楽しめます。

好きなモノだと何倍も楽しめます。


模倣することから、

成長を始めましょう。



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塾という場所が好きです。生徒の成長する姿を見るのが好きです。生徒や保護者と未来の話をするのが好きです。合格や目標を達成して一緒に喜ぶのが好きです。講師と語り合うのが好きです。教材とにらめっこするのも好きです。新しい人と出会うのも好きです。藤沢の街が好きです。ブログも、好きです。

勉強犬

「第二の家」学習アドバイザー。
世界中に「第二の家」=「子どもたちの生きる力を育てる場所」を作ろうと画策中。過去に3000人以上の生徒の個別指導経験を持つ。元広告営業犬。学生時代は個別指導塾の講師。大手個別指導塾の教室長(神奈川No,1の教室に!)・エリアマネージャーを経て、2015年ネット上で「第二の家」HOME個別指導塾を開設。

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