それは、読んでしまった、という感覚だった。
10年前、湊かなえさんのデビュー作『告白』を読み、衝撃を受けた人は多いと思う。僕もそのうちの一人だ。「読んだ後嫌な感じのするミステリー」通称「イヤミス」という言葉も流行った。
それから正直少し距離をおいていた作家さんだった。
それが、書店に平積みされていたこの本の表紙を見て、その圧倒的な迫力に、僕の手は動かされてしまった。思わず手に取らされてしまったのだ。
『未来』
輝くその文字を眺めて「大河かよ」と突っ込みながらも、僕はページを捲った。厚さも気になったが、それよりも内容が気になった。パラパラ捲って、僕は購入を決めた。
まるでその本の持つ魔力にあてられたかのように。
まずはあらすじを見てみよう。アマゾンさん、よろしく。
「こんにちは、章子。わたしは20年後のあなたです」。ある日、突然届いた一通の手紙。送り主は未来の自分だという……。『告白』から10年、湊ワールドの集大成!待望の書き下ろし長編ミステリー!!
なんのこっちゃである。
もうすべてがネタバレになりそうなので、詳しいことは何一つ言えないが、445ページのこの本を一気読みした後、もう一回一気読みしたといえば、この本の凄さが伝わるかもしれない。もちろん二度目は飛ばし飛ばしだが、その理由は下記のネタバレ感想で詳しく語りたいと思う。
途中途中『かがみの孤城』と似たテイストを感じたこともあったが(思春期の葛藤など)、やっぱり別物だった。描写のリアリティ加減はどちらも素晴らしいけどね。重みが違う感じだ。
主人公は小学生〜中学生だが、ミステリーというだけあって、残酷な描写や滅入るような表現も多い。大人向けの作品だろう。保護者をはじめとした大人の方にオススメしたい。特に教育に思い入れがある方ならば、内容からどんなものを得るのか、読後に語り合ってみたい。
ただ、どこかでひとりぼっちで悩む子どもたちが居たとしたら、もしかしたらこの本が救いになってくれることもあるかもしれない。もう苦しくて苦しくてどうしようもない時に、覚悟をしてこの本を開いて欲しい。
「努力した先の未来には、楽しいことが待っている」から。
目を背けたくなるような現実。でも、湊かなえさんの筆力が、途中でその手を止めることを許さない。闇の果て、その先にある未来が描かれる本作は、だけど確かに光を放っている。少なくとも僕はそう感じた。
この物語はフィクションだ。湊かなえさんという、一人のお母さんが書いた物語だ。そしてだからこそ逆説的に、現実のこの世界において、こんな風な悲しい経験をする子どもたちが一人も居なくなるようにと、ありったけの祈りや願いが込められて描かれているのではないか。
下記はネタバレ感想である。
湊かなえ『未来』。謎や伏線の考察とそこから学ぶこと
「言葉には人をなぐさめる力がある。心を強くする力がある。勇気を与える力がある。いやし、はげまし、愛を伝える事もできる。だけど、口から出た言葉は目に見えない。すぐに消えてしまう。耳のおくに、頭のしんに、焼きつけておきたい言葉でさえも、時がすぎればあいまいなすがたに変わり果ててしまう」
僕はごくりとつばを飲む。そしてその先へと目を移す。
「だからこそ、人は昔から、大切な事は書いて残す。言葉を形あるものにするために。えい遠のものにするために」
改行。力強い一文に、しばらく目が留まる。
「それが「文章」です」
これは手紙の一節だ。
父を亡くし、母が病気という辛い状況に佇む章子へ、未来から贈られた手紙。
さらなる困難が章子に次々と襲いかかるが、最初から最後までいつもこの手紙が心の支えとなって、章子をいやし、はげまし、奮い立たせる。
この手紙を書いた主は、物語の後半で明らかになる。元担任の篠宮先生だ。それをお願いしたのは章子の父で、実際に筆をとったのは「女の子っぽい字」の原田くんであるが、中身を考えたのが自身も辛く苦しい思いをした真唯子先生だったことを知り、冒頭へ戻ってその手紙を読み返すと、込み上げてくるものがある。自分に向けても書いていたんじゃないかな、なんて深読みもしたくなる。
そして、その手紙に込められた父からの願い。その無念さを思うと胸が痛くなる。ただ、お父さんは知っていたのだ。文章にすれば、その想いはえい遠に残ることを。ちゃんと伝わることを。言葉にすることで、自分の想いを未来へつなげたのだ。あのフロッピーディスクで母を守ろうとしたように。
『未来』はエピソードごとでもそのエピソード内でも時空が行ったり来たりしており、一度読み終わった後でも、拾いきれなかった情報が多かった。だから、一気読みを二度もする羽目になった。二回目は目を覆いたくなるような内容は極力飛ばしたけれど。
それにしても湊かなえさんの文章は、平穏の中に突然怖い言葉が隠されているから、ぎょっとする。例えば、「人形」がそうだ。章子の母は「人」になったり「人形」になったりする。お父さんや章子が軽くその言葉を使っているものだから、「お、おお、こんなことぐらいでビビるなってことか」と湊かなえワールドの闇の深さを知ることになる。
お父さんお母さん然り、真唯子や章子や亜里沙には、そんなワールドの真髄とも言える暗く深い闇が襲いかかる。上がったと思ったら、落ち、陽気になったと思ったら、悲劇。「もういい加減ハッピーにしてあげれば…」と思っても、事件は起こる。コナンみたいだ。
でも、もう一度言いたい。ちゃんと伝えたい。これは物語。誰かのために書かれた物語だ。その誰かは、君かもしれない。物語の登場人物たちは、困難や苦しみへの立ち向かい方、逃げ方、そして時には反面教師的な負け方を、君に教えてくれようとしているのかもしれない。
辛く苦しくもうだめだと思ったときは、どうすればいい?湊かなえさんは、答えを最後のページにちゃんと残しておいてくれている。そんなときは、「助けを求めればいい」のだ。悪い人や嫌なヤツだっているけれど、この世界にはそれ以上に、善い人や素敵なやつがいる。ちゃんと、いるんだよ。
だから、叫ぼう。辛いよ!苦しいよ!きついよ!嫌だよ!私はここにいるよ!と。
その声が何処かの誰かに届くように、「ハイテンション!」で。
きっと誰かが見つけてくれる。手を差し伸べてくれる。味方になって、一緒に笑ってくれる。
生きていける。
劇中で主人公たちを暗く深い闇が包むとは言ったけれど、「夜明け前が一番暗い」のだ。闇が深ければ深いほど、そこを裂く光は強くなる。
そして、もちろん明言はされていないが、この物語の主人公たちも、この先必ず幸せになるのだ。この物語が賛否両論あるこの場面で終わるのは、「墓場まで持っていく必要のない、幸せな物語を綴るのは、蛇足だから」だ。お父さんが言うんだから間違いない。
もしも今現実の何処かで物語の主人公たちのように悩みもがき苦しむ子がいたとしたら、その曇天に穴を開けて、光を届けてあげられるような大人でいたいなと僕は思った。気付いて、手を差し伸べたり、一緒に声を挙げたりする人でありたい。そうであれるように努力したい。
それにね、そんな風な大人を、僕だってけっこう知っているよ。
そんな大人たちは、きっと君に教えてくれる。すごく当たり前で、とっても普遍的で、だけど忘れちゃいがちな大切なことを。きっと君がしっかり安心できるように、真剣な目をしながら、笑って言ってくれるよ。
「過去に飲まれない未来は、確実に、ここにあるから」ってさ。
本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。
圧巻の作品でした。
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