課題「キノコ」


「成績を上げたいって営業マンが何もせず、ずーっとデスクに居たら、周りは怒るだろ」

 ビールが入ったコップを片手に、坂口拓郎は僕に向かって言葉を浴びせる。

「それと同じだよ、出会いがないって言いながら何もしない奴はな」

 いたたまれなくなった僕は、目線を拓郎の隣に居る坂口美鈴にずらす。

「じゃあ今僕がなぜか怒られているみたいになっているのはそれが原因?」

 美鈴はあはは、と笑いながら、「言い方が悪いけどね、きっと心配してるんだよ」とフォローをする。でもその後に、「だけど、宏樹が踏み出さなくちゃいけないっていうのには同感かも」と続けて、僕の目をしっかりと見る。「それも」と前置きをして、更に続けた。

「手当たり次第にじゃなくて、宏樹は真っ直ぐ道を決めて踏み出すのが性に合ってそう」

「コイツ、意外と頑固だからな。色々根に持つしな」と拓郎が茶化す。踏み出し方まで指導とは勝手なお世話だが、「踏み出すって、具体的にはどういう風に?」と聞いてしまう辺り、やっぱり僕はどこか臆病者なんだろう。



 この二人、坂口夫妻は、僕の大学時代からの友人で、社会人になってからも月に一、二回、こんな風に家にお邪魔をさせてもらっている、つまりとっても仲の良い友人だ。二人は、二年生の頃からお付き合いをはじめて、社会人になってすぐに結婚をした。当時の同級生の志田くんは美鈴を見て、「あの整った顔立ちと抜群のスタイルなら、将来はハリウッドで女優もいけるな」と言っていたが、見事にその予言は外れた。今は、中目黒の2DKで子育てに追われている。その志田くんいわく「拓郎はさ、絶対女にもてないよな。だってあいつは人の話を聞かないだろ。あれは女にもてないタイプ。しかも馬鹿」だったが、拓郎は同級生の中で誰より早く結婚した。それも、高嶺の花の美鈴と。志田くんの言う事はあてにならない。


 僕は、そんな二人が好きだった。もちろん、一人ひとりも大好きな友人だが、二人が一緒の時に、同じ空間で話をするのが何より好きだった。どんなに深刻な悩みも、拓郎に話すとバカバカしくなるし、美鈴が話を聞いてくれると落ち着く。だから僕は二人によく相談をした。拓郎はそれをどこかで求めている節があるし、美鈴もそんな他愛もない相談会を少しだけ楽しみにしてくれている風に感じられたから。今日も、本来は僕のお誕生日会だったのだが、いつの間にかに恋愛相談会になっていた。出会いがないんだよね、という僕の呟きに拓郎が反応したのだ。



「踏み出すって、具体的にはどういう風に?」

 僕は美鈴に聞いたつもりだったが、拓郎が割って入る。「お前は駅に行け」一瞬僕も美鈴もポカンとしたが、拓郎は自信満々で言葉を続ける。

「いいか。貪欲になれって言われたって急にはなれないだろ?お前の性格は俺がよく知ってる。だから、行動を変えるんだ。行動を変えれば思考は後からついてくる。そして、それは習慣になる。マザーテレサの名言だよ」

「順番はメチャクチャだけどね。かなり強引になった」と美鈴が付け足す。なぜここでマザーテレサが出てきたのか疑問は残ったが、もっと大きな疑問が残っていたので、先にそちらを質問することにする。「でもなんで駅なの?」拓郎はそれを聞くのか、と今度は自分がポカンとした顔をして、僕を見た。「人がたくさん居るからに決まってるだろ、出会いはそこにある」

 結局僕と美鈴の二人が再びポカンとした所で、二人の愛娘の智子ちゃん1歳の泣き声が聞こえてきて、話は終わった。「あ、また起きた。ちょっと行ってくるね」と美鈴が部屋を移動するのを見届け、僕は時計を見て、お開きの為の一言をつぶやいた。いつも通りの流れだ。

「あ、もうこんな時間だ。そろそろ片付けしようか」

 僕が立ち上がろうとすると、それを制して拓郎が言った。「いや、今日はもうちょっと付き合えよ。別に片付けしたくないわけじゃないぞ」



「テレサで思い出したんだよな」

 拓郎は上機嫌でコントローラーを操作し、テレビの中の赤い服を着たヒゲの男を動かす。もうちょっと付き合えと言われて、僕は緑色の服を着たヒゲの男になった。もちろん、ゲームの中の話だ。星を取って無敵状態になりながら、拓郎の操作するヒゲ男は穴に落ちていった。

「ああ!」悲痛な叫びの後、拓郎はビールを一口飲んで、「俺が敵のボスなら、絶対渡れない落とし穴を作るけどな」と身も蓋もない一言を口にしてへへ、と笑った。僕は自分の番になって広いマップが映し出された画面を見て、「僕が主人公だったら、この道に沿って進むんじゃなくて、飛行機で一気にゴールまで行くけどね」と逆襲を試みた。「飛行機なんてルール違反だ」と喚く拓郎を横目に、僕はステージを選択し、ゲームへと集中する。「先にルール違反をしたのはそっちじゃん」と僕が適当に返すと、「悪者がルールを守ってどうするんだよ」と拓郎は吐き捨てるように言った。確かに。「あ、でも飛行機じゃなくてこれでもいいかも」画面の中で緑色のオヤジは、マントを巧みに使い、空を飛んでいる。


「お、懐かしいねー。昔良くやったなー、そのゲーム」智子ちゃんを寝かしつけ、美鈴が合流する。それを機に話はよくゲームで遊んでいた子供時代に推移する。拓郎は「小学生の頃の俺は、友達とゲームしていて気に喰わないことがあると、平気でリセットボタンを押してたな。今では押さない。だいぶ大人になったものだ」と一人で喋っていたが、赤ヒゲが再び穴に落ちると、ためらいなくリセットボタンへ手を伸ばした。「コラ」と美鈴がその手を叩く。そのやりとりを見て、僕の脳内に小学生の頃好きだった女の子、山本明日香の映像が映し出される。

 

 彼女と僕は4年生、5年生、6年生と同じクラスで、何故か不思議と、席も隣になることが多かった。当時、しょっちゅう消しゴムを忘れていた僕に、「もう、しょうがないわね」とその度に消しゴムを貸してくれるという底なしの優しさを持つ彼女が、たった一度だけ、僕をちゃんと注意した日がある。

「もう消しゴム、忘れちゃ駄目だからね」

 それは彼女が転校する前の日だった。よくある話で、僕は居なくなってからやっと彼女の大切さに気付き、何も言わずに隣の席から居なくなった彼女に、もう一度会いたいと強く思った。わざわざ職員室まで彼女の居場所を教えてくれと担任に詰め寄りに行ったのは、今ではいい思い出だ。その時、担任は窓の外の遠くを見るようにして、僕に静かに言った。

「5年生になった頃な、山本が職員室まで来て先生に言ったんだよ。なるべく私を宏樹くんの隣の席にしてくれませんかってな。私が居ないと宏樹くん、ノートの字も消せないからって。山本は優等生だったから、先生もまぁ、さり気なく席替えの時に工夫してな。でも実際お前も助かったろ、山本が居て。最後の日にお別れをしなくてもいいのかって聞いた時もさ、山本言ってたよ。いつかまた会えるかもしれないから、そう思わないと辛いから、お別れは言いませんってな。ホラ、これが山本の次の住所。手紙でも送ってやるといい」

 書かれた住所は英語で、それを渡された僕はどうしていいかわからずに、一人で悶々と悩んで、そのうちに僕は手紙を送ることを諦めた。「何も言わずに行ってしまった山本さんに今更手紙を送ってもきっと迷惑なだけだ」と勝手な理由をつけて、何もしないことを決めたのだ。それからだいぶ時は流れたけど、もちろん、それ以来僕と山本さんは出会うことはなかった。後悔も多少している。やっぱり僕には、踏み出しが足らなかったのだろうか。



「回りくどいやり方だなぁ、消しゴムを貸すんじゃなく、ちゃんと気持ちを伝えれば違った結末だったかもしれないのに」

 まだゲームに夢中になりながら、僕の思い出話への感想を拓郎が宙へ浮かべる。それに続くように、美鈴が、テレビ画面を見たままの姿勢で、そっとつぶやいた。

「どうだっていい時もあるのよ、手段や方法なんて」

 やっぱり穴に落ちそうになりながら、何とか1upキノコを手に入れた拓郎が、「よしよし、これでまた穴に落ちれるぜ」と本末転倒なセリフを吐いた。



 僕の誕生日会兼相談会から約一ヶ月後、今度は美鈴の誕生日会を開くことになって、僕は誕生日プレゼントを買いに横浜に買い物に来ていた。子育てと旦那のお守りで大変そうだから、疲れが取れるリラクゼーショングッズをいくつかプレゼントするつもりだったが、色々回った挙句、リラクゼーショングッズのあまりの数の多さに、世の中にはこんなに沢山病んでいる人が居るのかと驚愕しながら、空気清浄機の箱を片手に、僕は横浜の駅へと舞い戻った。いつの間にか日は暮れていた。


 駅の最下層にある東横線の改札へ向かう。どんどんと階段を降りていくと、一人の女性とすれ違った。正確には、多くの人とすれ違っていたのだけれど、なぜかその女性だけ気になったのだ。「あれ、知り合いかな」と記憶をたどりつつ、僕は下へ、彼女は上へ向かう。僕の頭の中の沢山の扉を、小さな僕が次々開けていく。そして、一際輝きを放つ扉に辿り着く。開く。懐かしい記憶が溢れ出て、僕の頭の中を埋め尽くす。「あ」と思わず声を出す。僕は、急いで振り返る。


 階段を昇っていく。彼女を追って。昇る最中、一段ずつに書かれた文字が目に入る。up、up、up。足を踏み出しながら、僕はあのゲームの、食べたら一機増える素敵なキノコを思い出す。「よしよし、これで失敗しても大丈夫だな」と拓郎が笑って言うのがチラつく。邪魔だけど、心強い。後ろで美鈴が「どうだっていい時もあるのよ、手段や方法なんて」と笑っている。もう何も怖くない。


「明日香さん!」


 僕に呼ばれて、振り返ったその女性が、僕の目を見る。時が止まったかのように僕は感じたけれど、周りの人たちはざわついていたから、僕の勘違いだろう。心臓がバクバク言う。その女性は、僕の目を見て黙っている。思わず「だよね?」と続けてしまった。


「普通、本人に確認する?」


 彼女が笑った。大好きだった記憶の中のあの笑顔の面影が、ちゃんと残ってる。だってね、一目見てすぐわかったんだから、少しは褒めて欲しいぐらいだよね。


「もう、しょうがないわね」


 何十年ぶりのいつもの一言に、僕は嬉しくなって、あの日からずっと守ってきた約束を自慢する。


「あれから一度も消しゴムは忘れてないよ」って。







【教育・道徳的観点から】



伊坂幸太郎さんが好きで、

少しそれっぽい会話を意識したサンプルです。


ちなみにマリオのゲームは、

スーパーマリオワールドです。

ヨッシーが初めて出てくるやつ。

多分人生で一番やったゲームだと思います。

おかげで勉強を忘れました。


ゲームには注意というお話。



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塾という場所が好きです。生徒の成長する姿を見るのが好きです。生徒や保護者と未来の話をするのが好きです。合格や目標を達成して一緒に喜ぶのが好きです。講師と語り合うのが好きです。教材とにらめっこするのも好きです。新しい人と出会うのも好きです。藤沢の街が好きです。ブログも、好きです。

勉強犬

「第二の家」学習アドバイザー。
世界中に「第二の家」=「子どもたちの生きる力を育てる場所」を作ろうと画策中。過去に3000人以上の生徒の個別指導経験を持つ。元広告営業犬。学生時代は個別指導塾の講師。大手個別指導塾の教室長(神奈川No,1の教室に!)・エリアマネージャーを経て、2015年ネット上で「第二の家」HOME個別指導塾を開設。

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