キラキラ。
街は輝いている。
そわそわ。
なんだか少し浮き足立っている感じ?
たしかに今日は特別な夜だけどさ、何の変哲もなさそうな毎日だって、自分の意識一つで、それはそれは特別な一日になる。
え?今日そんなことを言うのは野暮だって?
たしかにそうかも。
でも、そんな風に思える楽しい文章が、また一つ届きました。このブログへの贈り物です。
勉強犬作文コンクール代表作品。
「ランドマーク藤沢」
思えば、僕は3回しか藤沢に行ったことがない。
初めて行ったのは、20年近く前のこと。大船で友人と待ち合わせていた僕だが、待ち合わせの時間までには結構時間が余っていた。当時は大船ってデカい仏像しかないというイメージだった。ひょっとすると駅前に時間をつぶす場所がないんじゃないか、そう考えて藤沢で途中下車した僕は、駅前の大型家電量販店に行ったのだ。
僕の初藤沢は駅からほぼ直結していたその店で終わった。地上に降り立つことすらしていなかったので、実質ノーカウントみたいなもんだろう。
それから遙かな時を経て初上陸した2回目の藤沢。同業の知人との会食で降り立った藤沢駅。果たして待ち合わせは例の家電量販店だった。まだ上陸できず。
それにしても、この家電量販店とは縁がある。駅の改札から続くコンコースに整備された美しいプロムナード経由で直に入れるし、もはや藤沢のランドマーク的な存在と言っても過言ではないと思う。
僕の町にあるロードサイドの家電量販店は客より店員の方が多い開店休業状態だが、さすがは藤沢というべきか、明らかに客の方が多い。どちらが正常なのか分からないが、まったく驚くべき集客力だ。やはりランドマークの名に狂いはない。
僕の悪い癖だが、待ち合わせは不安だから早く着いてしまう。別に悪くはないか。ランドマーク藤沢たる家電量販店が目印なので迷いようもないのは救いだが、店内の待ち合わせ場所にはやたら人が多い。店内ゆえ1カ所に30分も突っ立っていては邪魔だろうし、何より1回通過した人が用事を終えて再び通ったとき「あら、あの人まだずっといるわ。彼女にでもフラれたのかしら」と思われるのもシャクだ。待ち合わせ相手は断じて女性ではないぞ。
幸いテレビ売り場が近くにあったので、テレビを物色するそぶりを見せながら待ち合わせ場所を観察することにした。これで不審には思われまい。残念ながらテレビを購入する予定はないのだが、ムダにスペック表などを注視してしまうのは、客を装うロールプレイングをそつなくこなさなければならない使命感に駆られた僕の精一杯の演技だった。趣味ではなく。
ほどなくして無事待ち合わせ相手の到着を確認した僕は、あたかもちょうどその場に着きましたよ?という体で合流した。まさか向こうは待ち合わせ相手が同じ売り場を30分間徘徊しながら商品を見ているうちに将来テレビは壁掛けにしようと心に誓ったなどと思いもしていなかったはずだ。
その誓いは今でも僕の心に刻み込まれたままだ。
もちろん僕の記憶に残っているのは壁掛けテレビだけではなく、会食そのものだ。先方に案内されて家電量販店を後にし、念願の藤沢初上陸を果たす。足かけ20年、ついに踏みしめた藤沢の大地は、僕の足を優しく包んでくれる低反発マットの感触とは似ても似つかぬ普通のアスファルトだった。
藤沢を根城にするだけあって、先方のチョイスした店は素晴らしかった。外さえ見なければ表参道のカフェさながらのシャビーシックな佇まいで、家電量販店をランドマークとする街とは一線を画す。外さえ見なければ。店のスタッフも思わず某巨大遊園地よろしく「キャスト」と呼びたくなるようなフレンドリーさで初めて来た店とは思えない。
それらは全て目の前の会食相手のマネージメントで設えられたものであり、大変楽しい時間とトークを共有できた喜びは壁掛けテレビの記憶を85%上書きするインパクトを持って今も僕の心に残る。
こうして僕史上2回目の藤沢訪問は15%のランドマーク藤沢店と85%の素敵な出会いで幕を閉じた。
僕史上3回目の藤沢訪問かつ2回目の藤沢上陸は仕事だったので、あえて語るまでもない。
それからしばらく経ち、先日会食をした素敵なカフェレストランを訪問したくなった。ここで僕は難局に直面したのだった。
僕は方向音痴だ。
ショッピングモールでは駐車スペースのアルファベットや番号を暗記しておかないと、延々と自分の車を捜索したあげくに車のリモコンキーを連打して反応した音の方向で探すという犬のような振る舞いを余儀なくされる。もちろんカーナビ無しではどこへも行けない。
自分で探した店ならいざしらず、人から案内されるままに歩いて行ったため、僕の記憶にあるのは到着地点の内観だけである。外観は覚えていないので全く役に立つ気がしない。整いすぎた内観を持つ店の弊害がこんなところにあろうとは、店の人も全く想像がつかないだろう。
そんな僕に一筋の光明が下りる。
そうだ、スタート地点は分かっているじゃないか。僕と藤沢をつなぐランドマーク、あの家電量販店だ。あそこから僕の物語は始まるんだ。
鮮明に蘇るテレビ売り場の光景。僅かな希望を託し、家電量販店を出る。確か最初に歩いた方向は覚えている。そのとき会話した内容を覚えているくらいだから、そこは間違いないだろう。
そうして空中回廊のような整備された歩道を進む。道路より1段高い階層にあるため駅前の喧噪から隔絶されたプロムナードは、あらゆる方向の道へとアクセスできる。これが僕には仇になった。
どこで地上に降りればよいか分からない。
迷っていても仕方がない。僕の勘など当てになるはずもない。なかば無理にでも運命の円環から外れないと、いつになっても目的地は近づかない。
果たして見事に目的地は遠ざかった。一般的には道を間違えたというのだろう。僕に言わせれば選択肢の1つを潰すことができた、という表現がしっくりくる。気がつくとなぜか3度目の藤沢で訪れた無駄に立派な商工会議所の前にいた。おかしい、こんなはずでは。
しかし地上に降り立つことはできたのだ。この時点で目的地に迫ったのは間違いない。垂直距離で近づくことができたのだ、たとえ水平距離が遠のいたとしても、ポジティブな面が1つでもあれば希望が持てる。
あの日も地上に降り立ったのは自明だ。会話に夢中だったので記憶があいまいだが、交差点を横断したような気がする。そもそも交差点を渡らずに到着できる立地にあるような店ではなさそうだし。
どこで間違ってしまったのか。家電量販店ランドマークからの出口は間違えていない。最初に歩き出した方向も確実だ。ただ、ずっと真っ直ぐ歩いていた保証はないし、どう考えても直進だけで着くとは思えない。
途方に暮れた僕は、すぐさま初心に帰ることにした。そう、家電量販店の出口から再スタートだ。
こうしてリセットボタンを押すかのような所作を何度繰り返しただろう。気づけば30分以上もの間、藤沢というダンジョンを右往左往していた。
もう、諦めよう。
僕一人ではたどり着けるような場所じゃなかったんだ。
店の場所が特定できれば再訪しようと思ったんだけど、実際に歩いていたらとんでもないことになるところだった。
GoogleMapをそっと閉じ、僕の4度目の藤沢訪問は未遂に終わったのだった。
いかがでしたでしょうか。
最後のオチにくすりとしながら、なんでもない些細な出来事も捉え方ひとつでこんなに面白くなるんだということがお分かりいただけたかと思います。
軽妙で知的な語り口は、筆者である富田先生の真骨頂。前回の作文コンクールでも遺憾無く発揮されています。
もっと楽しみたいと言う方はこちらのブログがおすすめ。
先生の文章で特に好きなのは、日常をコミカルに表現してくださるところ。なんでもない一コマを切り取って、ちょっと面白おかしく悪くない感じにしてくれるんですよね。
僕の悪い癖だが、待ち合わせは不安だから早く着いてしまう。別に悪くはないか。ランドマーク藤沢たる家電量販店が目印なので迷いようもないのは救いだが、店内の待ち合わせ場所にはやたら人が多い。店内ゆえ1カ所に30分も突っ立っていては邪魔だろうし、何より1回通過した人が用事を終えて再び通ったとき「あら、あの人まだずっといるわ。彼女にでもフラれたのかしら」と思われるのもシャクだ。待ち合わせ相手は断じて女性ではないぞ。
ショッピングモールでは駐車スペースのアルファベットや番号を暗記しておかないと、延々と自分の車を捜索したあげくに車のリモコンキーを連打して反応した音の方向で探すという犬のような振る舞いを余儀なくされる。もちろんカーナビ無しではどこへも行けない。
視点と表現がすごいです。Googleマップで迷った話をここまで愉快にできるんですからね。同じ事実でも捉え方や表現の仕方で印象が変わる。これって、生きていく上でも大事なことですよね。向こうから勝手に飛んでくる嫌なことや悩みや迷いも、視点を変えるとそう悪くないものに思えるし。
それに、そう考えると、ワクワクしてきませんか。
いつもと同じ街並み。よく待たされる踏切。近道になる路地裏。よく行くドラッグストア。ちょっと注目するポイントを変えるだけで、全部が輝きを持って、全部が煌めきを放って、いつでもあなたを迎えてくれる。
あ、言い過ぎですか。そうですか。
でも、忘れないようにしたいですね。
今ここにある日常が宝物ってこと。
本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。
作文コンクールまだまだ受付中です。
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