うちにも犬がいた。
犬種はラブラドールレトリーバー。賢いといわれる犬なのに、彼女はよく机に頭をぶつけた。乗っちゃいけないソファに度々乗って怒られた。3年に一回ぐらいは脱走した。
でも、家族の誰かが帰ってきたときにはいつも玄関で一番に迎えてくれたし、誰かと誰かが喧嘩したときにはすぐに間に入ってくれた。やさしい犬だった。大好きな家族だった。
彼女が14年の生涯を終え天国に旅立ってから、僕は犬が出てくる物語を無意識的にちょっと避けていたように思う。本棚の『ブイヨンの日々』にも手が伸びなくなったし、予告で既に泣きそうになった『僕のワンダフルライフ』も観に行かなかった。もちろんプレゼントしてもらったものやふとしたテレビ番組には目を通したりしたけれど、なかなか積極的には触れなかった。なんでもない物語でも泣きそうになってしまうからね。
そんな僕が本屋で見つけてつい衝動買いしてしまった本が、『少年と犬』である。
凛々しく立つ犬の表紙に目がいった。犬はもちろん、子どもと老人ものも弱い僕にとって、まさに鬼門ともいえる作品だが、なぜかすんなり手にとってレジに並んでいた。なぜだろう。
そうそう、手にとったとき、作者の馳星周さんの名前を見て『不夜城』を思い出し、これはもしや犬と少年がえげつない犯罪に巻き込まれる話かなと思ったけど、帯を見てみたらもう少しだけやさしい雰囲気の本で安心した。後でよくよく調べてみたら、『ソウルメイト』など犬ものの小説も多く発表しているらしい。昔どこかの書評サイトで「暗黒の中だからこそ光る星」などと呼ばれていて、その印象が強かったみたいですごめんなさい。
ともかく僕は『少年と犬』を読み始めた。そしたら、なんでこの本を手にとったのかがわかった気がした。
それについて綴るネタバレ覚悟の感想文に行く前に、簡単なあらすじを紹介しておこうと思う。アマゾン先生から抜粋である。犬の物語だが、震災もテーマの一つになっている。
傷つき、悩み、惑う人びとに寄り添っていたのは、一匹の犬だった――。
2011年秋、仙台。震災で職を失った和正は、認知症の母とその母を介護する姉の生活を支えようと、犯罪まがいの仕事をしていた。ある日和正は、コンビニで、ガリガリに痩せた野良犬を拾う。多聞という名らしいその犬は賢く、和正はすぐに魅了された。その直後、和正はさらにギャラのいい窃盗団の運転手役の仕事を依頼され、金のために引き受けることに。そして多聞を同行させると仕事はうまくいき、多聞は和正の「守り神」になった。だが、多聞はいつもなぜか南の方角に顔を向けていた。多聞は何を求め、どこに行こうとしているのか……
犬を愛するすべての人に捧げる感涙作!
もう一つの大事なテーマについては、後ほど語りたい。
「人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物は他にはいない」
主人公の一人が発する言葉だ。そしてそれは、この物語においても同じだ。本来は決して交わることのない物語たちが、犬を通して、やさしく寄り添いあっている。
犬好きな方はもちろん、猫好きな方にも動物嫌いな方にも読んでほしい、素敵な一冊です。
以下ネタバレもあり感想文になっています。ご注意を。間を空けるために他の読書感想文の宣伝をしておこうと思います。
ネタバレ有!「少年と犬」読書感想文
『僕と犬』
うちにも犬がいた。
そばにいて欲しいときは、そばにいてくれる。ほのぼのしたいときは、ほのぼのさせてくれる。散歩に行くと、「まだ帰りたくない」という意思表示をすることはあるけれど、リードを少し強く引けば無理強いはしない。知らない人が入ってくるとちゃんと吠える。優しく、強い犬だった。
だから、作品の中に出てくる犬と人間のやりとりには共感ができた。「え、人の言葉わかるの?」という動きを彼らはよくする。この物語の主人公、犬の多聞ほどではないけれど、我が家の犬も言うことをよく聞いてくれていた思い出がある。ソファには乗りまくったけど。
犬とは、「空白を埋めてくれる存在」だ。
多聞は、北から南への日本縦断の旅の道中、様々な人に出会う。心にどこか空白を抱えたままこの世界にお別れを言おうとする者の何かを嗅ぎつけ、そばにいてそこに何かを与えて、時にはその人物の最期を見守ってくれる。壮絶なラストの場合だってあるのだけれど、「この犬に出会わなきゃよかった」と思う人はいない。守り神だと呼ぶ人もいる。
実際に暮らしを共にした人だけではない。物語の最後には、多聞と暮らしを共にしながらも事故で亡くなってしまった男の、残された家族からあるメールが届く。そこに作者の意図があるかどうかはわからないけれど、文面からはどこか生きる強さと救いを感じた。彼らもまた、多聞という犬に空白を埋めてもらった一人なのだ。
大冒険をした後に、多聞に待っていた運命は、決してハッピーエンドとはいえないものだった。だけれど、微かな光を追い求め続け、手にし、そして目的を果たしたことには間違いがない。
多聞に救われた少年は言う。「多聞はいつも、心の中でずっと生きている」。ああ、そうか。きっとこのことを伝えたい、僕の空白を満たしてくれようとする何者かが、この小説に出会わせてくれたのかもしれないな。もうすぐ、いつもずっと僕の心の中にいる愛犬の命日が来る。
「犬がいると、人間はより人間っぽくなるんだよね」
いつか何かの犬の本で読んだ一文だ。この小説を読んでいて、改めてその言葉を思い出した。犬がいることで、僕ら人間はより人間っぽくなる。なんとも不思議な話だけれど、物語の中の登場人物を見ていたら、なんだかとてもその通りだなぁと思った。
暗黒小説の名手とも呼ばれる馳星周さんが、この作品では「光」をテーマにした。震災や命が危険な逆境の中でも、その犬は光を追い求め続けた。
生きていれば、どうしようもなく悲しいこともある。辛いこともある。仕方ないことも、どうにもならないこともある。でも、そんな時にできるのは、ただただ一生懸命、明るい方向を目指して生きることだけだ。光を求め、ただひたすらに歩むことだけだ。それを体現する犬のそうした姿に僕らは胸を打たれ、そこから何かを貰って、人間らしくなる。
僕も光に向かってまっすぐ生きていきたい。犬のように、人として。
最後は、表彰式で審査員に言われたという言葉を持って締め括りとしたい。
「馳先生、犬はずるいよ」
その通りだと、僕も思う。
本日もHOMEにお越しいただきありがとうございます。
ありがとうが、天国までちゃんと届くといいな。
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