すっかり秋です。
この時期は合唱祭など学校の行事が多く、僕もよく見学に参ります。
ただ、最近の合唱コンクールは保護者のみの受け入れになっているところが多くて、昔のように気軽には入れなくなってきたんですよね。安全上仕方ないのかもしれませんが、少し寂しい気持ちも。
そんな中であっても、見学させてもらえた行事の中で、なんとなく気付いたことがあったので、本日はそのお話です。
しんとするべき時にしんとできる子は勉強もできる!?
もしご存知であれば、『ホンマでっか!?TV』のあの音を頭の中で鳴らしてから先へお進みください。
タイトルで何を言いたいかふんわりは伝わると思いますが、折角だから説明させてください。
例えば合唱コンクールであれば、行事の中であえての沈黙のタイミングが数十回はありますよね。
校長先生や来賓の方のお話のタイミングや、曲の始まる前や結果発表の前など。
そんな時にふざけていたり目配せしあったりしている生徒を見ると、少し残念な気持ちになります。
残念な気持ちになりながら、こうも思うわけです。
「あ、僕もそんな時じっとできない子だったな」と。
「わかるわかる」と共感しながら彼らを眺めているうちに、浮かんできたのが表題の仮説です。
もうちょっと詳しくタイトルを言い換えてみましょう。
しんとするべき時にしんとできる子は、精神年齢が高い。だから、勉強もできる。
しんとするべき時にしんとできる子は、空気が読める。だから、勉強もできる。
しんとするべき時にしんとできる子は、共感力が高い。だから、勉強もできる。
しんとするべき時にしんとできる子は、自分を律する力も高い。だから、勉強もできる。
挙げればキリがなく出てきそうですが、どれもあながち間違いじゃないような気がします。
え?じゃあどうやったら空気を読んだり共感力が高い子になれるのって?
それはこのブログでも一押しの力、国語力さんの登場です。
ここで言う国語力は「相手の求めているものを返す力」のこと。つまり、察する力や相手の考えを読み取る力とも言い換えができます。
この能力が高い子が、「しんとすべき時にしんとできる子」には多い気がするのです。
でもね、そんな子達が全員良いテストの点数や最高水準の成績を取れるかといえば、やっぱりそれは別問題。
国語力は高いけれど(国語の実力問題やらせるとそこそこできるけれど)、他の科目がからっきしダメという子も経験上多く見てきました。
その子たちは、心や練習方法に課題があることが多いですね。
たとえ求めているものがわかっても、返そうとする心の力が弱かったり、継続的なアウトプットの練習が足りなかったりするせいで、テストの点数や成績につながってこないんですよね。
そういう子たちは、心の在り様や勉強の仕方やスケジューリングをきっちりと指導すると、驚くほどのスピードで成長していきます。国語力の腕の見せ所です。
兎にも角にも、嘘か誠かわからぬ、行事を見ていて思ったことの発表でした。
本日もHOMEにお越しいただき誠にありがとうございます。
しん。
0コメント